2009/04/17

南京大虐殺映画ラッシュに日本人警戒(Times 07/12/06)

前回の投稿で海外メディアからほとんど“無視”されてしまったと書いた「南京の真実」ですが、完全に無視されているわけではないようです。というのも、韓国の電子英字紙The Seoul Timesが先週の水曜日8日にこの映画に触れた論説を発表したからです。

http://theseoultimes.com/ST/?url=/ST/db/read.php?idx=8225

電子新聞ということで、全文の紹介はしませんが、「石原の日本に2016年五輪開催させるな」という見出しで、2016年のオリンピック開催候補地である東京都の石原慎太郎知事を批判する内容になっています。具体的には1990年に『プレイボーイ』誌のインタビューで南京事件を「中国人が作り上げたお話」と発言したこと、2001年『週刊女性』誌で閉経後の女性が生きているのは「無駄で罪」と語ったこと、そして、有名な「三国人」発言などを取り上げて、石原都知事を「反韓・反中感情を植え付ける危険な一匹狼」、「露骨な歴史修正主義者」、「ナショナリスト」としています。

そうした脈絡の中で都知事を攻撃する材料の1つとして、「南京大虐殺を誤った歴史(観)にもとづく中国のプロパガンダと主張する映画」「南京の真実」に賛同していることを挙げています。「歴史修正主義者」や「ナショナリスト」といった上に引用した石原都知事を評する言葉は、これまでにも「南京の真実」関係者を形容するために、たびたび用いられてきたものです。これまで欧米メディアの記事を紹介してきましたが、今回の論説で、韓国メディアもこの映画に対して否定的な眼差しを向けていることが明らかになったといえるでしょう。もっとも、韓国のメディアといっても、英字紙なので、読者は欧米メディアのそれとある程度、重なっているでしょう。また、これ一件で一国のメディアの論調を語るわけにもいきませんが。

さて、今回の本題としては、一昨年(2007年)12月6日付のイギリスのTimes紙の記事を試訳を添えて紹介します。

http://women.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/women/the_way_we_live/article3005906.ece

南京事件70周年を控えた時期に発表されたものの、これまで見落としていました。

戦時下の人間がどれほど邪悪になるかを描いた映画に興味があるなら、日本による南京での大虐殺から70周年の今年(2007年)は映画的になかなかの豊作だろう。

1937年12月に大日本帝国軍が中国東中部の港町、南京を苛烈に占領したことを記念して、10本を下らない映画が制作されている。そんな突然の制作ブームを多くの日本人は国際的な日本叩きの高揚と見ている。米国や中国製作の映画を含む大多数は、15万から20万人の中国人が虐殺され、何万人もの女性が強姦されたとする広く受け入れられた見方に従っている。それらの映画の中、日本製作の「
南京の真実」と題するものだけは異議を唱えて、死者はなかったとする。

水島総の映画に見られる大虐殺を否定する、こうした立場は、この監督独自のものではない。そして、このことが実は、中国人やアメリカ人がこれほどの熱をもって映画を制作する理由になっている。水島は、しっかりした史的証拠があるにもかかわらず、1937年の恐るべき事件はまったくなかったと信じる日本人グループの1人である。

南京
(事件)否定論者は、そうした事件は中国が考え出したプロパガンダで、暗憺たる当時から今日まで長年、日本を責めるための道具にされてきたと主張する。これは、熱狂的な右翼が支持する見方である。彼ら右翼は「街宣車」から耳をつんざく大音量で超国家主義的な音楽を流して、東京を回っている。

しかし、多くの日本人を困惑させるのは、社会の主流に属する人々の間に見られる否定論である。

この出来事をどのように(また、どの)学校教科書で教えるかという問題は長年、政治的な火種になっていた。今年すでに与党自由民主党の国会議員100人が連盟を結成。南京大虐殺を完全な捏造として非難し、誰も殺害されなかったという彼らの「絶対の確信」を宣伝している。

南京の真実」を主に、これだけ題名入りで取り上げています。第1部「七人の『死刑囚』」がまだ完成していなかったということもあって、映画そのものに対する評価は示されていません。しかし、南京事件(記者のいう「広く受け入れられた見方」に従えば、「15万から20万人の中国人が虐殺され、何万人もの女性が強姦された」事件) をなかったとする映画の趣旨に対しては、批判的な態度を示しています。それは、水島監督の主張を紹介する中で、「しっかりした史的証拠があるにもかかわらず」という文句を入れていることから分かります。

水島監督や映画の主張を一言でいえば、南京事件「否定論」となりますが、この「否定論」が「街宣車」を使って活動する「右翼」団体と一部の(しかし「与党」の)「国会議員」によって支持されていると書かれています。記事ははっきりした言葉で書いていませんが、文脈からは、前者の「右翼」団体と映画との関係を暗に示唆しているような印象を受けます。しかし、実際は、映画の賛同者に少なからぬ政治家が混じっていることからも明らかなように、むしろ、後者の「国会議員」との関係が強いと思われます。

ちなみに、最後に取り上げられている「自由民主党の国会議員100人」による「連盟」は、2007年6月19日に「総括記者会見」を開いた「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の「南京問題小委員会」を指すと考えられます。本当に「100人」もの議員が加わっていたかどうかは、分かりませんが。

冒頭の方で、一連の南京事件関係映画の制作に「多く」の日本人が「国際的な日本叩きの高揚」を見ているとありますが、自分の実感では、とてもそうは思えません。それらの映画制作について知っている日本人自体、そんなに「多く」ないような気がします。また、記事は一連の映画制作の理由を日本における「否定論」の存在に帰しています。しかし、海外で「否定論」が映画人を動かすほどの影響力を(良くも悪くも)もっているとも思えません。

2009/04/03

「南京」残忍さと勇気の物語(Star Tribune 08/01/31)

4月になりました。昨日2日からドイツでフローリアン・ガレンベルガー監督の「ジョン・ラーベ」が公開。さらに、陸川(ルー・チューアン)監督の「南京!南京!」が22日から中国で公開されるとのことで、この2本を扱った報道が海外で続いています。しかし、以前は南京事件関係の映画の話題になれば、ついでに触れられていた「南京の真実」への言及が、今回は見当たりません。「ジョン・ラーベ」を取り上げた報道が多く、すべてに当たる余裕がないので、もしかしたら見過ごしているのかもしれません。しかし、「南京の真実」という題名や水島監督の名前を含む英・独・仏語の報道は、このところ皆無のようです。

そんな事情から、今回は昨年1月31日付の映画評を紹介します。米国ミネソタ州の地方紙Star Tribuneに載ったもので、ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン両監督のドキュメンタリー映画「南京」を取り上げています。その翌日の2月1日から映画がミネアポリスの劇場で公開されるのを機に、発表されたもののようです。

http://www.startribune.com/entertainment/movies/15073871.html

この中に水島監督とその映画に対する言及が見られますが、恥ずかしながら、そのことに気付いたのが遅れたため、こうして1年以上たってからの紹介となりました。参考に全文を訳出します。

1937年、当時の中国の首都、南京に侵入した日本軍が約20万人の非戦闘員を虐殺した。その証拠が第2次大戦が終わったとき、連合国の検事によって明らかにされた。平服に着替えて逃亡する敗残兵狩りという口実の下に始まった中国人男性の大量殺害は、やがて欲しいままの略奪、性的暴行、殺人となっていった。この事件は今日、南京レイプとして知られる。

近代史上、最も血なまぐさい大虐殺の1つである、この殺戮の生存者たちは今、歴史からの抹消に直面している。あの蛮行から70周年に当たる昨年
(2007年)、日本の水島総監督が残虐行為を否定する修正主義的なドキュメンタリー映画を制作した。水島によると、「絶対の真実がある。それは、大虐殺がなかったということ。子どもたちには、日本が野蛮な国だと思って成長して欲しくない」という。同監督の企画にはナショナリストの国会議員、学者、放送人が支持を寄せている。

幸い、この町の攻囲を目撃した欧米人の報告によって、事件が実際にどれほど無残なものだったか記録に残されている。これが、ビル・グッテンタグ(短編ドキュメンタリー「ツイン・タワーズ」でアカデミー賞受賞)、ダン・スターマン両監督の力強いドキュメンタリー映画「
南京」が語る物語である。

年代物のニュース映画によって
(日本軍の)侵入以前の美しい、公園のような南京の姿を見ることができる。そこには多数の欧米人が住み、活動していた。記録映像はまた、陸戦隊の到来に備えて日本が町を爆撃する様子も写し出す。逃げる余裕のある中国人は去っていき、在留の外国人は避難を命じられた。中国人の友人、隣人が危険の中に取り残されるのを見て、22人の欧米人が自分の安全を求めず、勇敢にも町に残ることにした。その中には、イリノイ州出身の宣教師で教員のミニー・ヴォートリン、中国生まれのアメリカ人外科医ボブ・ウィルソン、良心的なドイツ人実業家で、中国のオスカー・シンドラーと呼ばれることになるジョン・ラーベといった人々がいる。2平方マイルの「安全区」の中、彼らは結束して20万人もの中国人を保護した。彼ら欧米人はまた虐殺を撮影し、そのぞっとするフィルムを密かに持ち出してもいる。その映像は映画の中で年老いた中国人生存者のインタビューに交じって引用される。

このような欧米人目撃者の日記や手紙の一部をウディ・ハレルソン、ユルゲン・プロフノウ、スティーブン・ドーフ、マリエル・ヘミングウェイといった俳優が朗読する。そうしてカメラを前に朗読することで、歴史を、通常の画面外のナレーションでは決してできないほど、生き生きしたものにしている。身辺の残虐行為には勇敢な態度を示しながら、第3帝国の真の性格を見逃していたラーベ役のプロフノウは、困惑するほど複雑な人物を演じている。目の当たりにした恐怖に取りつかれるヴォートリンの姿――彼女は何千人もの人命を救ったものの、自分では失敗したと思っていた――を表現するヘミングウェイの演技からは、謙遜がときに傷つきやすさになりうることを知る。英雄とは恐れずに行動するのでなく、むしろ、恐れにかかわらず行動する者であるという格言を彼女は証明している。「
南京」は暗欝だが、最終的には人を前向きにする。危機に瀕していても野蛮に抗する勇敢な個人がいることを教えてくれるからである。

評の対象で、このブログでも何度も取り上げた「南京」ですが、昨年末から日本国内の市民集会の中で何度か上映されているようです。

一読すれば分かるとおり、「南京」に対する評価は肯定的で、その意義を裏付ける、いわば、引き立て役として、「南京の真実」が登場します。途中に引用されている水島監督の言葉は、「第一部撮影完了報告大会」の席上のもので、2007年12月14日付のReutersの記事からほとんどそのまま引用しています。映画の内容に立ち入ったことは何も書かれておらず、この映画に対する冷やかな態度も含めて、他のメディアの報道をそのまま踏襲したものといえるでしょう。

このように一昨年から昨年初めにかけて海外メディアから“白眼視”されてきた「南京の真実」は今や、それを通り越して、ほとんど“無視”されるに到ってしまいました。今年前半の完成を目指すという第2部によって、こうした事態が打開されるのでしょうか。水島監督のいう「情報戦争」の行方をこれからも見守りたいと思います。