2007/12/30

南京レイプを再評価する(Time 07/12/13)

今回は、米国のTime誌が12月13日付で発表した論説文を取り上げます。

http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1694101,00.html

文章全体の内容が分かるよう、いつものように全文の訳を示した上で、若干の解説に移りたいと思います。

ホノルルで過ごした少年時代、真珠湾(攻撃の記憶)によって、戦時中の日本による侵攻が生々しく、何度も思い起こされていた。毎月最初の就業日の午前11時45分になると、市の空襲警報機の試運転が始まる。そのときいつも、1941年12月7日に警報機が鳴り響いたときは、どんな感じだったろうと思ったものである。しかし、日系アメリカ人として、私が(真珠湾)攻撃に対して抱いていた感覚は、いつもどこか葛藤を抱えていた。

10年前、大学で日本史を学んでいたとき、この感覚がいかに複雑なものになりかねないか知った。その年、アイリス・チャンが話題作『
ザ・レイプ・オブ・南京』を出版した。日本が1937年に中華民国の首都を占領したときの残忍さを描いた本である。数週間のうちに数十万人の中国人が死亡した戦時中の大量虐殺――一般に南京大虐殺と呼ばれる――について読んだ後、私は圧倒的な羞恥心に襲われた。

2007年12月13日、南京大虐殺から70周年を迎える。そして、大学時代以来、私は羞恥心から、実際に何が起こったか、詳しく知ろうと努めている。史料の解釈をめぐっては、大きな意見の相違がある。大虐殺は、中国、日本、米国、ヨーロッパ、カナダの少なくとも10本の劇映画およびドキュメンタリー映画(いくつかは現在、製作中)の題材になっている。あるもの――例えば、南京の中国人の避難所として外国人が設置した安全区を取り上げた、テッド・レオンシスの「
南京」――は、占領軍により一般市民が見舞われた強姦、略奪、恣意的な処刑を衝撃的に描き出す。その対極には、日本の水島総監督による公開予定の映画「南京の真実」がある。同監督は、大虐殺を神話とし、自作によって、その真相を暴こうとしている。

真摯な歴史家は、大虐殺があったことを疑わない。しかし、細部については、大きな意見の相違が見られる。殺害された人々は、20万人か30万人か?強姦されたのは、2万人か8万人か?全貌は永遠に分からないだろう。米国ポモナ大学のサミュエル・ヤマシタ教授によると、共産主義国中国の増大する脅威に対抗すべく、米国は味方として強力な日本人の国家を必要としていた。そのため、
(南京)大虐殺をはじめとする残虐行為は、戦後日本で伏せられたという。「若干の極悪人を処刑して、ほかは全部、忘れよう。」米国(正しくはカナダ)ヨーク大学のアジア近代史学者ジョシュア・フォーゲルは、(南京)大虐殺に対するアメリカの反応をそう説明する。「戦後ドイツでニュルンベルク裁判でなく、このような解決策が取られていたら、と想像してみるといい」とフォーゲルは言う。

1937年に何が起こったかという問題をめぐる疑念の種は、現代の日中間で長く続く反目へと発展している。意味のあいまいさの利用、言葉の壁、集団的記憶の違い、自国の優越を主張しようとする心情、これらを捨てれば、なぜ両国は「事実」に関して合意に達することができないか、理解することができるようになる。合意がないという、このような状態に煽動的な政治家が付け込んでいる。日本のナショナリストは、有権者が
(南京)大虐殺の矮小化や否定に応じることを、知っている。声高に主張する、精力的な少数派である彼らは、ほかに靖国神社参拝のような政治問題を火種に、炎を燃え上がらせている。この神社には、南京戦を指揮した将軍がまつられている。一方、中国の指導者は、南京レイプの記憶を鮮明に保ち、共通の敵に対する怒りをかき立てて、熱烈な愛国心を呼び起こすことで、世間の注意を北京政府の欠点からそらせることができることを、知っている。いってみれば、真実が分かりにくくなっているのは、(南京)大虐殺が両国の指導者によって政治的な駆け引きの道具として利用されているためである。彼らにとっては、極端な形の歴史を語る方が有益なのである。

日中双方の専門家を巻き込んで史実を明らかにしようとする活動を通じて、いつかは和解に達する日が来るかもしれない。大虐殺70周年を記念して、日中で独自の研究会が発足した。一方、ハーヴァードが主催する日中戦争に関する共同研究は、日中および英語圏の学界に一定の貢献を果たしてきた。これら各国の学者によって、南京
(事件)に対する、さまざまな見解の相違がせばめられることが、期待される。フォーゲルは次のように語る。「共同の企画によって、それぞれの側に協調心が生まれ、相手が誠実に研究していることを認めるようになるだろう。双方はまた、自分たちが確たる事実とは別のところに基づいて、結論を出しているかもしれないという事情についても、考えるだろう。」アイリス・チャンは中国人としての自らのアイデンティティを探ろうともがく中、『ザ・レイプ・オブ・南京』を書いて、真実を明らかにしようとする作業を始めたのかもしれない。私は、この困難な作業が続く中で、自分自身が受け継いだ伝統について、何か重要なことを知ることができればと願っている。

アメリカの雑誌が発表した文章ですが、筆者が日系アメリカ人ということで、南京事件を他人事とは見ていない点が特徴的です。

筆者がこの事件をはっきり意識するようになったきっかけは、10年前に『ザ・レイプ・オブ・南京』を読んだことにあるそうで、そのとき、「圧倒的な羞恥心に襲われた」と告白しています。ただし、南京事件の「細部については、大きな意見の相違が見られる」と指摘していることから、同書をはじめ特定の本の内容を「細部」に到るまで、信じているというわけではないようです。

(おそらく米国の)大学で日本史を学んだことのある筆者によれば、「真摯な歴史家は、大虐殺があったことを疑わない」そうです。実際に、その「真摯な歴史家」の例として、北米でアジア史を専攻する2人の学者の言葉が紹介されていますが、彼らの言葉に、南京事件の発生そのものを疑う様子は感じられません。

日本で南京事件の否定ないし矮小化が続く要因として、「煽動的」とか「声高に主張する、精力的な少数派」と形容される「ナショナリスト」政治家の活動が指摘されています。もっとも、その一方で、彼らによる「矮小化や否定に応じ」て、彼らに投票する「有権者」の存在も指摘されています。そのため、こうした動きは政界の外の、いわゆる大衆の間にも一定の基盤をもっていることになりそうですが、この点について掘り下げた論及は見られません。

さて、「南京の真実」への言及は短く、「大虐殺を神話とし」、「その真相を暴こうと」する映画として、テッド・レオンシス制作の「南京」と対照されています。上で見たような日本国内の状況分析に従えば、「南京の真実」はさしずめ、「声高に主張する、精力的な少数派」である「ナショナリスト」政治家と彼らを支える「有権者」の見方を代弁する映画ということになるでしょう。現に、この映画の賛同者には10数人の国会議員が名を連ねています。

2007/12/23

中国のシンドラー、テレビに(Frankfurter Allgemeine Zeitung 07/12/13)

今回は、12月13日にドイツの保守系の新聞Frankfurter Allgemeine Zeitung(略してFAZとも)に発表された記事を紹介します。

http://www.faz.net/s/Rub475F682E3FC24868A8A5276D4FB916D7/Doc~E3B3723A267354409A6989A4D9D0AC2CA~ATpl~Ecommon~Scontent.html

13日の記念日に合わせて、製作中の独・中合作映画「ジョン・ラーベ」を紹介する記事です。途中、「南京の真実」のことにも簡単に触れています。

何十万人もの女性や子どもが殺戮、強姦され、通りには死体の山、生首もさらされ、家々は空襲で焼かれた――1937年12月13日から始まった「南京大虐殺」は、中国人の意識に刻み込まれている。この事件が今日に到るまで、かつての敵国、日本との関係に悪影響を及ぼしている。70年前、日本軍が当時の中国の首都、南京で、主として一般市民、約30万人を殺害した。

揚子江岸のこの都市が、それ以上の被害を受けなかったのは、あるドイツ人および、その協力者たちの勇気による。当時のジーメンス社の支社長ジョン・ラーベは自社の敷地および周辺に国際安全区を設置した。そこには一時、20万人を超える中国人が避難していた。この生粋のハンブルク人の自宅には、600人の難民がひしめいていた。何度もラーベは、日本とナチ政権との同盟を思い起こさせて、日本人が安全区に進入するのを食い止めた。

史上最大級のドイツ映画

「これは、偉大だが、ほとんど知られていない物語だ。語られなければならない題材で、映画化すべきものだ」とダニエル・ブリュールは言う。300人からなるドイツ・中国合作映画の製作陣に、この俳優は参加している。彼らによって、この忘れられた物語がよみがえるであろう。それは第2の「シンドラーのリスト」になるかもしれない。オスカー・シンドラー同様、ラーベもナチ党員だった。シンドラーがポーランドで数千人のユダヤ人をホロコーストから守ったのに対して、ラーベは一市民として模範的なまでの勇気を示し、機転を働かせて、中国人を日本軍の手から救った。当時、55才のラーベは日記に次のように記している。「人は誰でも、まっとうな人間でいたい。私も結局、従業員を家族もろとも見殺しにできない。分かりきったことではないか。」

ラーベの物語をもとに、アカデミー賞を受賞した監督、脚本家のフローリアン・ガレンベルガーが、史上最大級のドイツ映画を今まさに撮影している。出演は、ウルリッヒ・トゥクール、ゴットフリート・ヨーン、ダグマー・マンツェル。スティーヴ・ブシェミやアンヌ・コンシニといった国際的なスターも参加し、アジアの俳優たちも共演する。映画は来年冬に劇場およびテレビで公開される予定。ZDFとアメリカのケーブルテレビ局HBOが共同で、「ジョン・ラーベ 真実の物語」を製作している。

ドイツ人が休暇取り、手伝う

飛行場跡を利用して、ジーメンス社の工場の場面が撮影されている。発電所に改造された格納庫の上に、鉤十字(ハーケンクロイツ)の旗が翻り、窓穴はすすで黒ずみ、塀には、墜落した日本の戦闘機が突き刺さっている。1700万ユーロの予算を得て、余儀なく上海でフローリアン・ガレンベルガーは撮影を進めている。彼は、できるだけ南京での撮影を望んでいた。「しかし、町の大部分は大虐殺で破壊されてしまったので、南京にもはや1937年の中国は残っていない。上海での撮影はなお難しい。というのも、この町は過去を容赦なく葬り去ってしまったからだ。」

そこで、かつてのフランス系の学校の講堂が豪華な舞踏場に姿を変え、1軒のホテルがドイツ大使館になった。何百人ものエキストラがそれらのロケセットを生気で満たす。上海在住のドイツ人実業家、技術者、銀行員が休暇を取って、手伝いに来ている。現地のアマチュア俳優たちは光栄に思っている。「我々中国人をこのように助けた」ドイツ人がいたことに「たいへん感動した。この映画に出演できて、感謝している」とあるエキストラは語る。

ガレンベルガー「大事なことは映画を撮ること」

映画の完成に向けて、スタッフは大きな障害を克服しなければならない。中国人エキストラの中で英語が話せる人は、ほとんどいない。「はい」「いいえ」「やめ」がいちいち翻訳される。製作が長引いているが、理由はそれだけでない。撮影許可を得るため、プロデューサーたちは粘り強く交渉を続けた。その上、北京の検閲官の許可を得るまで、ガレンベルガーは脚本を何度も書き直さなければならなかった。例えば、中国版では蒋介石を毛
(沢東)のライバルとして登場させてはならない。国際版には蒋介石も登場する。

プレミア上映の予定日を大虐殺70周年の記念日に合わせることはできなかった。大事なことは、とにかく映画を撮ることだ、とガレンベルガーは言う。「要するに、ラーベはそれだけたくさん良いことをしたということだ。」上海の俳優、林棟甫(リン・トンフー)はそう強調する。蒋介石総統を演じた彼は、中国向きでない自分の短い出番を、ひょっとしたらハンブルク訪問の折に目にするかもしれない。林はウド・リンデンベルクの親しい友人である。

日本は公式に記憶の再生拒む

中国が大虐殺の記憶を忘れていないのに対し、日本は公式に、これを甦らせることを拒んでいる。東中野修道をはじめとする歴史家は大規模な蛮行を断固として否定する。彼
(東中野)の著作をもとにした水島総監督の「南京の真実」がちょうど撮影を終えたところである。映画は、日本の戦犯にかけられた容疑を、今になって晴らそうとしている。

馬雲仙は大虐殺のことをよく覚えている。彼女は7才で、「日本の鬼」がやって来るのを体験した。この女性が震えながら、振り返る。「彼らが来たらすぐ、安全区へ駆け込んだ。ジョン・ラーベが私たち中国人を守っていた。南京の老人は皆、知っていることだ。」

大虐殺の記念日に向け、
(南京)市は記念館を改築した。世界中の歴史家が開館式に訪れると発表している。ジョン・ラーベの旧宅は現在、博物館になっている。2003年には、そこでヨハネス・ラウ大統領が、この南京のドイツ人の功績を顕彰した。

ゲシュタポの尋問受け、貧困のうちに死亡

このような栄誉をジョン・ラーベが生前に受けることはできなかった。その勇気がむしろ仇となった。彼はヒトラーに繰り返し電報や手紙を送った。「神よ、ヒトラー総統さえ力をお貸しくだされば」とラーベは書き留めている。ほぼ30年間を中国で過ごした彼は、
(ヒトラーの)権力掌握を遠方から眺めており、ヒトラーのことを庶民的で、思いやりのある政治家だと誤解していた。想像していた人道主義的運動への熱狂から、ラーベは1934年にナチ党に入った。「ヒトラー総統は自国民だけでなく、中国の苦しみにも深く心を痛めてくださるだろう」とラーベは日記に記している。この日記が今回の映画の脚本の土台となっている。1997年に出版された日記の編者で、テレビ番組司会者ウルリッヒ・ヴィッケルトの父でもあるエルヴィン・ヴィッケルトは、若い頃に交換留学生として中国に渡ったときに、ラーベと知り合いになり、その生涯について解説を書いている。

ラーベの党籍は何の役にも立たなかった。ヒトラーへの上申書のためにゲシュタポ(秘密警察)から尋問を受け、さげすまれ、終戦後まもなく、貧困のうちに死んだ。彼の役を演じるウルリッヒ・トゥクールは、英雄的な人物像をまったく思い描くことができない。トゥクールは語る。「彼はどちらかといえば、普通の人間で、今でいえば、一介の発電所所長だ。突然、歴史により役割を振られ、大役を演じることになっていく。数十万人の人々の命の恩人だが、ドイツに戻ると、すべてを失い、ベルリンで完全に無名のまま死ぬ。これが実際の物語だ。」

南京の真実」の話題は、「日本は公式に記憶の再生拒む」という小見出しが付いた節で、取り上げられています。この映画に対する評価をうかがわせる文句は、ほとんど見られません。「歴史家」東中野修道教授の「著作をもとにした」映画とされていますが、同教授をはじめとして、「大規模な蛮行を断固として否定する」「歴史家」が日本でどのような地位を占めているかは、書かれていません。ただ、「南京の真実」や東中野教授への言及の直前に、「日本は公式に、これ(南京大虐殺の記憶)を甦らせることを拒んでいる」という文が見られます。こうした文脈から見て、映画は日本の「公式」の立場にある程度、沿ったものとして受け取られているのかもしれません。とはいえ、大虐殺の記憶の再生を拒むことと、大虐殺の事実そのものを否定することとの間には、まだいくらかの隔たりがありますが。

南京の真実」の趣旨である、南京大虐殺はなかったという主張に対して、この記事は賛成の余地を残していません。記事の冒頭で「70年前、日本軍が当時の中国の首都、南京で、主として一般市民、約30万人を殺害した」と断言しているからです。これまでにこのブログで紹介した主に英米の報道が、虐殺の犠牲者数として複数の推計を併記していたのと対照的に、ここではほぼ断定的に1つの数字が示されています。大虐殺があったと認める日本や他の国の研究者の間でも、30万人という推計に異論が出ているという事情は、おそらくドイツで余り知られていないのでしょう。

さて、記事の本題である映画「ジョン・ラーベ」の話題に移りましょう。脚本も手がけたフローリアン・ガレンベルガー監督は、「アカデミー賞を受賞した」と書かれているとおり、ミュンヘン・テレビ映画大学の卒業制作である「Quiero Ser(こうでありたい)」で2001年に短編実写映画賞を受賞しています。ドイツ映画界で将来を嘱望される新進監督といってよいでしょう。

映画の公開については、「来年冬に劇場およびテレビで公開予定」とされています。製作会社のサイトによると、2008年2月から劇場公開となっていますが、ほかに2008年末の公開とする情報も見られます。「劇場およびテレビで公開」とありますが、仮にその2つの形で同時公開されるとすると、異例のことになるでしょう。ドイツと中国で公開の時期や形態が異なるということも、予想されます。 いずれにしても、記事の見出しが「テレビに」となっていて、劇場公開よりテレビ放映に重点を置くかのような扱い方は、理解し難いものがあります。

ガレンベルガー監督の映画と別に、ZDFとHBOが「ジョン・ラーベ 真実の物語」を製作しているとも書かれていますが、詳細は不明です。

記事はまた、映画の話に留まらず、ジョン・ラーベの半生も伝えるものになっています。その中で、彼がナチ党員であったという事実も、指摘しています。このいわば偉人伝の中の汚点も、長くドイツを離れていたために、ヒトラーやナチを誤解していたとして、しっかり弁護が加えられています。とはいえ、記事はいたずらにラーベを英雄視するのでなく、むしろ彼を「普通の人間」とする俳優ウルリッヒ・トゥクールのコメントで結ばれているのが、印象的です。

2007/12/18

南京大虐殺映画合戦、迫る(Hollywood Reporter 07/12/13)

前々回、カナダのNational Post紙の記事を取り上げたときに、12月13日付で「南京の真実」に触れた記事は2点、どちらも扱いは小さいと書きました。しかし、その後、日付の勘違いに気付いたり、新しい記事を発見したりで、この映画に言及した13日付の記事は、4点に増えました。しかも、そのうち1つは「南京の真実」の話題を主にしたものです。そこで、今回は、そのHollywood Reporterの記事を紹介します。

http://www.hollywoodreporter.com/hr/content_display/news/e3i46053bf6151a3fb4d09f056ec8393f73
第2次世界大戦が終わり、長い年月が過ぎた。しかし、太平洋の2大国は今なお、歴史を我が物にしようと戦っている。木曜日(12月13日)に日中は南京大虐殺70周年を迎える。

米国、ヨーロッパ、中国の映画会社が、ある出来事を描いた10本以上の映画を製作し、公開を予定している。その出来事は、1937年12月13日、大日本帝国軍の兵士がこの都市
(南京)に入城したときから、始まった。事件を描いた作品の1つ「紫金山」は、中国で撮影が進められており、サイモン・ウェスト(「トゥームレイダー」)が監督を務める。予算は5300万ドルで、アイリス・チャンのベストセラー『ザ・レイプ・オブ・南京』を映画化したものになる。

しかし、日本軍が荒れ狂う中、30万人の一般市民が死に、数万人の女性が強姦されたとする中国の主張を、日本のナショナリスト映画製作者らは斥ける。

こうした過激ナショナリストらが中国のプロパガンダとみなす動きに反撃して、水島総監督は映画「
南京の真実」のロケ撮影を進めている。

右翼系のインターネットテレビ局「チャンネル桜」の社長でもある水島によると、「大虐殺」の証拠は捏造されたもので、中山成彬元文科相を含む約10人の政治家が彼を支持しているという。

「真実」は、水島が制作するドキュメンタリー3部作の第1部。第2部で、東京裁判が検討される。日本のナショナリストの主張によれば、この裁判は勝者の裁きに過ぎず、戦時中の首相、東條英機は大日本帝国の敗北の責めを負って、絞首台に臨んだという。そして、最後の第3部で、米進駐軍による他の7人の戦犯の処刑が扱われる。7人の中には、南京侵攻の立案者として告発された松井石根も含まれる。

水島は映画の製作費として、支持者から約180万ドルの寄付金を集めている。3部作の第1部が公開される日は、決まっていない。しかし、いつ上映されるか、中国政府が注目していることは確かである。

紫金山」の予算を「5300万ドル」としたり、水島監督の支持者として中山成彬元文科相の名前を挙げたり、大虐殺の「証拠は捏造されたもの」という監督の言葉が紹介されたり、「南京の真実」製作のため「180万ドル」が集まったと伝えたりといったように、最近のIndependentAFPの記事と似かよった記述がところどころで見られます。

ただし、3部作の第2部、第3部の内容を書いているところは、この記事独自の点といえるでしょう。それによると、第2部は東京裁判と東條英機の処刑、第3部は「他の7人の戦犯の処刑」を扱ったものになるといいます。第1部の内容は、はっきりとは書かれていませんが、おそらく南京事件の検証を予想していると思われます。 しかし、「南京の真実」公式サイトを見ても分かるとおり、実際は、第1部が東條はじめ7人の処刑を描くものになるとのことです。第一、東京裁判で死刑となったのは、東條も含め7人であって、上で引用した「他の7人」という表現は成り立ちません。記事の執筆者は確かな情報をもたずに、この部分を書いたと思われます。

また、3部作全体を通した題名である「南京の真実」が、あたかも第1部の題名であるかのような書き方がされています。原因は記者の情報不足にあるのでしょう。もっとも、単にそれだけでなく、東京裁判やA級戦犯の処刑という主題と、この題名とが容易に結び付かないということもまた、そうした誤解が生じる要因になっていると思われます。

記事の中で、水島監督をはじめとする「南京の真実」製作陣は「ナショナリスト映画製作者」または「過激ナショナリスト」と呼ばれています。

2007/12/15

日本人映画監督「南京なかった」(Reuters 07/12/14)

12月14日はもともと「南京の真実」第1部「七人の『死刑囚』」完成試写会の開催が予定されていました。しかし、映画の製作が遅れ、試写会は来年1月25日に延期されました。そこで、この日は「第一部撮影完了報告大会」なるものが開かれたそうです。今回は、その大会の模様を伝えるReutersの報道を紹介します。

http://www.reuters.com/article/latestCrisis/idUST249248

日本人は南京で大虐殺を働いていないと発言しなければならない、金曜日(12月14日)に開かれたシンポジウムで映画監督がそう述べた。その前日に中国では、30万人が死亡したとされる事件から70周年が記念された。

水島総の新作映画「
南京の真実」は1月に試写会が開かれる。この映画は、(南京事件)70周年に合わせて製作される海外の一連の映画に対抗する日本のナショナリストの試みである。1937年に中国国民政府の首都を日本軍が攻略した後に繰り広げた大殺戮が、それら海外の映画によって語られる。

1本はアカデミー
(長編)ドキュメンタリー賞のノミネート最終候補に入っている。

中国にとっては、日本がいわゆる南京レイプをどのように記憶しているかということが1930年代から1945年に国土の大半を苛酷に占領した隣国が、その過去をどれだけ悔いているか判断するための指標になっている。70年を経てもなお、かつての交戦国は過去の出来事について合意に達することができない。

「絶対の真実がある。それは南京大虐殺はなかったということ。」国歌斉唱のために立ち上がってから、大半は老人で占められた聴衆に水島は語りかける。「子どもたちに日本は野蛮な国だと思ったまま成長して欲しくない。」

石原慎太郎東京都知事をはじめとする超保守派の支援を受ける映画のハイライトが先行上映された。そこには兵士たちが気をつけの姿勢で直立する中、大日本帝国軍の将校が馬にまたがって南京に入城する光景を写した日本のニュース映像も見られた。

「日本軍の入城により市内は平静な秩序が保たれるようになった」と字幕は記す。

当時、その地で軍務に就いていた元日本兵の映像も上映され、一般市民に対する大規模な暴行をすべて否定した。

歴史めぐる分裂

水島の映画は亜細亜大学の東中野修道教授の研究に依拠する。先月
(11月)、日本の裁判所は東中野に対し、中国人女性に賠償金を支払うよう命じた。彼女が南京で日本人の暴行を受けた犠牲者と詐称していると主張したためである。

金曜日のシンポジウムで東中野は、この事件全体が当時、南京に住んでいた欧米人がでっち上げたものだと語った。 連合国による軍事裁判では、事件で14万2000人が死亡したとする見方が示された。

「もちろん、犠牲者数については推測の域を出ない。しかし、歴史学者の目から見て、事件を否定するのは無理だ」と東京大学のスヴェン・サーラ准教授(歴史学)は言う。

水島は支持者を得、そのうち5000人から映画の製作費として2億円以上を寄付されたと言っている。しかし、彼の見方に異を唱える日本人もいる。このことは、この国の軍国主義の過去をめぐり国内に深い溝が走っていることを示唆している。

日本の学者や活動家からなる一団が今年、南京をはじめとする世界各地で
(南京)事件に関するシンポジウムを開催している。和解を促進し、彼らの言葉を借りれば、過去と向き合うことができない国、日本というイメージと闘うための試みである。

「どういうものか知りたいので、映画は見に行く。」都留文科大学教授で、グループの一員である笠原十九司は語る。「しかし、恥ずかしい。海外では正確なドキュメンタリーが作られているのに……日本はこんな映画しか作れないとは恥だ。」

2000年代初めに戦争の歴史をめぐる論争から両国関係は冷え込んだ。しかし、その後、日中関係はこの1年で著しく改善した。北京は今年、「南京大虐殺」を訴える口調を和らげた。両国政府はついに不和を取り除けるのではないかと分析する向きもある。

「日本の要人が南京を訪問すれば、問題はだいたい解決するだろう。中国側から手が差し出されている。日本側はそれを握り返すだけでいい」とサーラは言う。

日本の福田康夫首相が今月か来月に予定される訪中の折に、好機を捉えて南京を訪れることも考えられる。

しかし、水島の映画および東中野ら支持者が表明する見方によって、中国が今後、論争を再開させる道が開かれるかもしれない、とサーラは警告する。

撮影完了報告大会に集まった人の人数は書かれていませんが、年齢の面では「大半は老人で占められ」ていたそうです。会場で映画の「ハイライト」が上映され、そこに南京入城式の記録映像が含まれていたようです。また、当時、南京にいた元兵士のインタビュー映像も上映されたことが分かります。シンポジウムからは東中野修道教授の発言が紹介されています。 大会は昼の部と夜の部に分けて行われ、東中野教授は昼の部のシンポジウムに参加したそうです。ですから、記事が伝えているのは昼の部の模様で、夜の部は事情が違っていたかもしれません。

記事は単なる撮影完了報告大会のレポートにとどまらず、後半では、この映画に批判的な歴史学者2人のコメントを載せています。そのうち1人は日本人でないものの、笠原十九司教授の言葉や教授が属する団体の活動を通して、日本人の間にも南京大虐殺を事実として認め、これと向き合おうとする動きがあることが指摘されます。大虐殺をめぐる日本人内部のこうした意見の対立を小見出しで端的に「歴史めぐる分裂」と表現しています。

では、その「分裂」のどちら側に記者はより多く共感を見出しているのでしょうか。非常に表面的に見ると、東中野、笠原両教授という識者をそれぞれの側から出すことで中立を保っているように感じられます。しかし、東中野教授について、生存者を偽者扱いして名誉毀損で訴えられ、日本の法廷で敗訴した(もっとも、地裁判決を不服とし、控訴する模様)という事実が指摘されています。これは読者が同教授の研究者としての資質に疑念を抱く要因になります。

ちなみに、東中野教授はそれ以前に中国の裁判所でも同様の訴訟に敗れています。このことは1月24日付のAPの記事が言及しており、海外でも知られているようです。

その後、南京事件を「でっち上げ」とする東中野教授の発言が紹介されます。そのすぐ後には、東京大学で歴史学を専門とするスヴェン・サーラ准教授の「歴史学者の目から見て、事件を否定するのは無理」というコメントが続きます。このコメントが上の敗訴の指摘と相まって、東中野教授の研究は歴史学研究の名に値しないといっているかのように聞こえます。その東中野教授の「研究に依拠する」映画として「南京の真実」は紹介されています。はっきりいうと、記者は、この映画の主張に学術的な裏付けがあるのか疑っていると思われます。

映画に対する否定的な見方はそれだけにとどまりません。記事の最後はこの1年間の日中関係の改善について語り、希望的な観測さえ示します。しかし、そうした友好ムードも「南京の真実」がぶち壊しかねないとするサーラ准教授の警告で、記事は締めくくられています。どうやら記者は日中間に波乱の種をまく要因としても、この映画を歓迎していないようです。

2007/12/14

忘れられたホロコースト、両国に付きまとう(National Post 07/12/13)

12月13日は南京事件70周年ということで、この日は事件関係の記事が多数発表されました。その中に当然、「南京の真実」に触れた記事もありましたが、数は少なく(今までに確認した限りで2点)、扱いも小さいです。その限られた記事の中から、今回はカナダのNational Post紙のものを取り上げます。

http://www.nationalpost.com/news/story.html?id=165132

同じカナダの新聞でも、以前、紹介したAsian Pacific Postがアジア関係の報道に特化した特殊な新聞であるのに対して、National Postはカナダを代表する全国紙といえます。

今日(12月13日)は忘れられたホロコースト、南京大虐殺から70周年を迎える。この出来事は、20世紀で最悪の大量殺戮の1つであり、今なお日中関係に悪影響を及ぼしている。

この日を記念して、30万人近い人々に敬意を示して建設された記念館が、再び開館する。中国によると、この30万人は大日本帝国軍による6週間に及ぶ残虐行為の狂乱の中、首をはねられ、燃やされ、銃剣で刺され、腹を裂かれ、生き埋めにされたという。

日本では、新国粋主義(ネオ・ナショナリズム)の過激派や政治的穏健派が事件の発生を否定して、この日を迎えようとしている。

南京の真実」と題する映画を製作中のドキュメンタリー映画監督、水島総は今週、「大虐殺の証拠は捏造されたものだ」と主張した。

世界で最大の発行部数をもつという全国紙、読売新聞でさえ、火曜日
(11日)に発表した社説で、中国人兵士の殺害が長引き、一般市民も巻き添えに殺されたことを「大虐殺」と呼ぶことは避けた。社説では「南京事件」という呼称が使われている。

社説は次のように記す。「日本軍が南京市内に潜伏する敗残兵を掃討する際に、処刑や民間人への暴行が多発したことは当時の記録や証言から明らかだろう。」

「だが、犠牲者は4万人程度とする説や、国際法に反する不法な殺人はわずかだったとする説などもある。」

むしろ、今日の厳粛な記念行事は、未だ癒えない傷の記憶を新たにするものとなる。

南京大虐殺は今なお、アジア最大の2大国の関係を刺激している。

日本はあいまいな言葉で、戦時中の振る舞いに対する謝罪を繰り返してきた。しかし、南京大虐殺をはじめとする残虐行為や(カナダ人を含む)捕虜虐待、細菌兵器の生体実験、アジア人女性を強制して性奴隷にしたことは、直接、取り上げていない。

6月に、元文部科学大臣が率いる日本の100人の国会議員が、中国で激怒を買った。日本の公文書館に残る文書によると、1937-38年の冬に南京では2万人しか殺害されていない、と主張したからである。

彼らは大虐殺の噂を捏造されたものとして斥け、これを、日本を貶めるために中国がもくろんだプロパガダンダだと断定した。

当時の日本の首相(9月に辞任)安倍晋三は、米国主導の東京裁判の正当性を認めようとせず、いっそうの物議を呼んだ。この裁判で初めて、南京で中国人兵士および一般市民15万人以上が殺害されたとする主張が出された。

安倍氏の祖父、岸信介元首相は戦犯容疑で4年近く投獄されたが、起訴はされなかった。

中国では、南京大虐殺の話題は共産党の目的に利用されてきた。というのは、大虐殺は共産党に、日本を撃退した功績を得、惨事を防げなかった蒋介石総統率いる国民党を非難する口実を、与えているからである。

南京をめぐり、くすぶり続ける議論はさらに、中国で反日暴動を煽っている。
(南京)事件に関する動画がYouTubeに投稿されて、人種差別むき出しの罵倒の応酬がインターネット上でわき起こることも、しばしばである。

日本のナショナリストによると、南京での大量処刑を写したとされる何千、何万枚もの写真は、改竄されたものだという。しかし、その一方で、この都市を襲った悪夢を裏付ける、否定できない証拠が残っている。

1937年12月13日に城壁で囲まれた、この町に突入した日本兵は、以後6週間、破壊、略奪、強姦、殺戮の限りを尽くした。

一般市民の中にまぎれ込んだ中国兵を捜索するという口実のもと、略奪や放火が行われ、何万人もの女性が強姦され、捕虜も一般市民も無差別に処刑された。

中国人男性が銃を突きつけられ、自分の母や娘を犯すようしいられた事例が、生存者により報告されている。日本兵は何万人もの女性を輪姦した。中国人男性は長い列を作って並ばせられて、処刑され、一まとめにして穴
(万人坑)に埋められた。

日本の当時の新聞は、誰が最も多く捕虜を処刑できるか競争する兵士がいたことを、伝えている。

若干の欧米人宣教師や実業家が占領中の南京に残り、赤十字の保護のもと安全区を宣言して、住民の保護に努めた。安全区は日本人の立ち入り禁止区域とされた。

この外国人たちが約25万人の命を救ったとされる。彼らはまた、日本人の残虐行為を非常に生々しく伝える記録を、残している。

大虐殺を写したフィルムを中国から密かに持ち出したキリスト教の宣教師ジョン・マギーは、日本兵が「見付け出した捕虜を全員、殺しただけでなく、おびただしい数の一般市民も、年齢を問わず殺した」と記している。

「大勢の人がウサギ狩りのように通りで射殺された」という。

アメリカ人宣教師ミニー・ヴォートリンは日記をつけており、次のように記している。「何千人の人が銃でなぎ倒され、銃剣で突かれたか、おそらく分からないだろう。というのも、たいていの場合、死体は石油をかけられ、燃やされてしまうから。」

南京の真実」は水島監督の言葉(「大虐殺の証拠は捏造されたものだ」)の引用付きで紹介されています。この言葉は、おそらく12月5日付(「今週」でないが)のIndependentの記事あたりから取ったものでしょう。

明らかに大虐殺があったという認識を前提にしており、新聞記事としては、大虐殺の内容をかなり詳しく記したものになっています。その一方で、「南京の真実」や読売新聞や「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」による、大虐殺はなかった、ないし大規模なものでなかったと主張する動きも、具体的に伝えています。

読売新聞の社説が「南京大虐殺」という用語を避け、「南京事件」 という表現を用いていることが、問題にされています。自分も「南京事件」という用語を使っていることから、弁解すると、この語は、南京で相当な規模の「大虐殺」があったことを認める日本の歴史学者も使っています。彼らの言い分によると、「大虐殺」では、殺害と併せて発生した略奪、放火、強姦、傷害も包括する呼称としては、不適切だそうです。

記事は一方で、日本の戦争犯罪に対する謝罪を不十分としながら、同時に、中国共産党が歴史を政治に利用しているとも指摘しており、中国の言い分に追従しているわけではありません。

カナダの報道を紹介したついでにいうと、アイリス・チャンを取り上げた映画「アイリス・チャン ザ・レイプ・オブ・南京」が13日夜、カナダでテレビ放映されるそうです。ちなみに、この記事の見出しにもなっている「忘れられたホロコースト」という表現は、チャンの著書の副題から取ったものでしょう。

2007/12/13

南京大虐殺70年後も中国人の心の傷に(Reuters 07/12/12)

今回は、南京事件70周年追悼式典前日の12月12日付でReutersが発表した記事を取り上げます。

http://www.reuters.com/article/newsOne/idUSPEK12275520071212?sp=true

南京の真実」のことは大して書いていない記事ですが、この映画の話題が海外のメディアによって、どのような文脈で、どのように利用されているか見ることも、映画の評判をうかがう上で、何らかの意味があるだろうと思います。

南京に住む年金生活者の向遠松は、侵入してきた日本兵に病身の兄弟を射殺されたとき、11才だった。戦時中の中国の首都が日本軍の苛酷な占領を受けた時期のことである。

70年間ずっと、向は涙ながらに謝罪を待ち続けている。

「一部の日本人は真実を認めようとしない。なぜ真実を否定するのか。過ちを犯したら、それを認めるべきだ」81才の向は、むせび泣きながら、言う。

「この記念式に出るといつも、涙が止まらない。」

木曜日
(12月13日)に中国は、「南京レイプ」の名でも知られる南京大虐殺の開始から70周年を記念する。中国の歴史家は、この町の陥落後数週間で、日本軍が男性、女性、子ども30万人を殺害し、犠牲者の多くが強姦や虐待をこうむったとしている。

連合国による軍事裁判では、14万2000人という死亡者数が示された。しかし、一部の日本の歴史家は、この数字も水増しされていると主張するか、もしくは、大虐殺があったことを否定している。

数年に及んだ歴史がらみの緊張を経て、現在、北京と東京は、つかの間の雪解けを享受している。しかし、その一方で、戦時中の残虐行為を依然として認めようとしない日本の態度は、忘れがたい記憶をもつ中国の老人や、東京はまだ十分な償いをしていないと考える若い世代にとって、障害になっている。

毎年、記念日になると、サイレンの音がもの悲しく南京中に鳴り響き、大半が空襲のずっと後に生まれた市民に、過去を厳格に思い起こさせる。

わき立つ怒り

「日本人は、あらゆる悪事をはたらいた連中だ。彼らを見るたび、はらわたが煮えくり返る。」大虐殺の生存者、張慧霞(チャン・ホイシャ、漢字表記は中国語版による)は、水曜日
(12月12日)に開かれた、南京の東屏門(正しくは太平門)で殺害された犠牲者を追悼する短い式典で、そう語った。

日本兵を逃れ、空き家に隠れたとき、張は10才だった。

「テレビで日本人を見ると、その体を八つ裂きにできたらと思う。それができれば、気分がよくなるかもしれない。」

歴史観の違いをせばめるため、日中の歴史家が共同で作業を進めている一方で、南京
(事件)70周年を記念する数々の映画や本により、傷口が開き、相手を非難する叫びが両国でつのっている。

今月初めに中国は、大虐殺の犠牲者1万3000人分の略歴をまとめ、その死に関与した日本軍の部隊も記した8巻の本を出版した。

日本のナショナリストが支援する水島総監督の映画「
南京の真実」の公開予定を、中国政府は、大虐殺を否定するものとして非難する。

「史実を隠蔽し、犠牲者に敬意を払わないことは間違っていると思う。それは人命の重さを軽んじるのも同然だ」と南京大虐殺記念館の朱成山館長は言う。

70周年を記念して、木曜日に朱は2万5000平方メートルの拡張部分を公開する。そこでは新たに文書、ゆがんだ彫像、工事中に出土した犠牲者の遺品の展示が加わる。

「今回は南京大虐殺の犠牲者を悼む70回目の記念日。未来の世代が歴史のこの一こまを忘れるべきではないと思う。……そしてまた、このような歴史の悲劇が繰り返されず、この世界に永遠の平和があるようにと願ってもいる。」

12日に行われた太平門(記事では「東屏門」)での虐殺記念碑の除幕式で会った生存者2人へのインタビューと、南京大虐殺記念館の朱成山館長の言葉で主に構成された記事です。言うまでもないことですが、「南京の真実」の主張に反して、南京事件の発生そのものに疑義をはさむ様子は、まったく見られません(死傷者数の特定は避けるが)。

南京の真実」は水島監督の名前入りで取り上げられていますが、記事全体の脈絡から、次のように捉えられているといえるでしょう。大虐殺を否定する「一部の日本の歴史家」と立場を同じくするもので、南京事件の「傷口を開き」、中国を「非難する叫び」を日本でつのらせる映画というように。

映画の話に触れた直後に、 「史実を隠蔽し、犠牲者に敬意を払わないことは間違っている」という朱館長の言葉を引用するところには、この映画に対する記者の見方が表れているように感じます。

2007/12/11

「南京大虐殺」を疑う日本映画『南京の真実』(AFP 07/12/10)

今回は、12月10日付でAFPが発表した記事を紹介します(リンク先はFrance 24)。

http://www.france24.com/france24Public/en/archives/news/culture/20071211-nanjing-massacre-cinema-japan-director-satoru-mizushima-china-world-war-two.php

数日遅れで、日本語版も発表されました。

http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2325221/2453325

以下、基本的に日本語版をもとに話を進めるつもりです。もっとも、海外の報道を紹介するという、このブログの趣旨から、初めに英語版と日本語版との見落とすべきでない違いを1つ指摘します。それは、日本語版で「南京大虐殺」という用語が、例外もあるものの、かぎ括弧に入れらていることです。これに対して、英語版で見出しにも出てくる“Nanjing massacre”という表現に、引用符は付いていません。

さて、今回の記事は、「南京の真実」が3部作になったことを明記しています。そして、第1部の内容については、「絞首刑に処されたA級戦犯7人は、母国を救うために責めを負い処刑された『殉教者』として描かれている」(英語版に「A級」の文字なし)としています。

日本国内での南京事件の解釈に関しては、要約すると、次のようになるでしょう。政府は「犠牲者数を公式に発表したことはない」ものの、「遺憾の意を示してきた」。日本人の「多数派」も「戦時中の過去に対する『反省が必要』と考える」(英語版:「自国が戦時中に過ちを犯したと認めている」)。しかし、「数多」くの「主要政治家」を含む「右派の一部」(英語版:「一部の日本のナショナリスト」)は、「中国政府のプロパガンダ」として否定している、と。「南京の真実」はさしずめ、最後の「右派」の「主流ではない」立場からの映画として捉えられているのでしょう。もっとも、その一方で、彼ら「右派」が「影響力を高めている」こと、また、水島監督が実際に映画製作のために「5000人から約2億円の寄付」を集めたことも伝えています。

戦後日本観をはじめ、水島監督のさまざまな言葉が紹介されていますが、次の2箇所は海外で反感を買うかもしれません。1つは、「中国政府のプロパガンダや反日教育の嘘を教えることは、糾弾されるべきだ」。もう1つは、「『南京大虐殺』は、米国が広島や長崎への原爆投下など自国の戦時中の行為を無視して日本を非難するための口実だった」という箇所です。すでに南京事件を否定する映画に着手した時点で、中国で非難を受けるのは避けられませんが、後者の発言は、さらにアメリカ人も刺激しかねない気がします。

最後に、記事の中でビル・グッテンタグ、ダン・スターマン監督のドキュメンタリー映画「南京」のことが言及されていますが、不正確だと思われる点があります。「故アイリス・チャン(Iris Chang)氏の著書『レイプ・オブ・南京(The Rape of Nanking)』を原作とした」という箇所です。英語版では、ここは、チャンの著書に「触発された」という言い方がされています。映画の製作者の話によると、後者が事実のようです。もっとも、英語版の記述にも、問題があります。日本語版にはありませんが、「ハリウッドの支援を受けて中国が製作した」という紹介がされています。確認した限り、この映画を製作したのは、アメリカの会社です。7月3日付のHollywood Reporterの記事によると、中国中央電視台が製作に協力したそうですが、中国製作とはいえないようです。


* AFP BB Newsに日本語版記事が掲載されたことから、2007年12月11日に発表した拙訳を削除しました。それに合わせ、投稿の本文とタイトルにも変更を加えました(2008/01/20)。

2007/12/07

大疑問 なぜ日中は「南京レイプ」で緊張するか?(Independent 07/12/06)

一昨日、Independent紙の記事を紹介しましたが、昨日、同じIndependentが南京事件を取り上げた記事を発表しました。 2日続けて同じ新聞で同じ主題の記事が発表されたことになります。

http://news.independent.co.uk/world/asia/article3226375.ece

ここでも「南京の真実」のことや水島監督の話が書かれていますので、試訳を交えて記事を紹介します。

なぜ今、この質問をするのか?

来週は悪名高い南京レイプから70周年を迎える。日本兵が当時の中国の首都で強姦や殺人の限りを尽くした事件である。現代になって、この事件について書き記した最も有名な著作家であるアイリス・チャンは、事件を「忘れられたホロコースト」と呼んだ。その大虐殺を扱った新作映画が、アメリカ、ドイツ、中国で約10本もできる。その中には、「コン・エアー」の監督サイモン・ウェストが指揮する製作費5300万ドルの「
紫金山」がある。今年、すでに中国で公開された「南京」は、これまでで最も多くの中国人が見たドキュメンタリー映画といわれている。

南京で何が起きたのか?

議論の余地のない、ほぼ唯一の事実は、1937年12月13日に戦闘に勝利した日本軍が、この町に突入したということである。その後、3ヶ月にわたり、幾千、幾万人もの女性や少女が強姦され、男性は銃剣で責め苛まれ、殺戮され、捕虜は無差別に掃討されて、30万人の人々が
(日本)兵に殺害された、と中国は言っている。

町にいた若干の欧米人の目撃証言が、この主張を裏付けると思われる。アメリカ人宣教師ミニー・ヴォートリンは日記に「おそらく、ありとあらゆる罪業が今日、この南京で行われたであろう」と記している。連合人権協議会(United Human Rights Council)は、これを「第2次世界大戦中を通して、ヨーロッパ戦線でも太平洋戦線でも最悪の残虐行為」と呼ぶ。

一方、日本はどう言っているか?

日本の新国粋主義者(ネオ・ナショナリスト)は上記の主張に異論を唱え、死傷者数は中国の戦時中のプロパガンダにより水増しされた、としている。日本の歴史家の大多数や外国の多くの学者は現在、30万人という数字を疑問視している。一部の狂信的な新国粋主義者や学者、政治家は、不法殺害は1人もなかったと主張する。ドキュメンタリー映画監督、水島総は、「大虐殺の証拠は捏造されたものだ」と言う。

水島は自分の映画「
南京の真実」を公開しようと準備を進めている。この映画は、南京侵攻を指揮したかどで有罪となった松井石根大将を含む太平洋戦争中の日本の指導者は、英雄だったと主張するものになる。最近のインタビューの中で、彼はこれらの人物を「イエス・キリスト」に譬えている。

なぜ、この事件が今、これほどの摩擦を招くのか?

日本で歴史が正しく理解されていないことが長年、日中関係を根本から脅かす要因になっていた。自分たちの国を荒らした15年間の償いを、東京
(日本政府)はきちんと果たしてこなかった、と大多数の中国人は感じている。日本の指導者層が繰り返し(戦争責任を)否定することで、中国人の主張の正しさが証明されている。例えば、小泉純一郎元首相のもとで文部科学大臣を務めた中山成彬を含む、12人の政治家が水島の映画を支持している。

日本の戦争犯罪に対する北京
(中国政府)の公式の方針は最近まで、日本の援助を必要とする中国の事情により、抑えられたものだった。しかし、中国がアジアで力を誇示するにつれ、方針は硬化しつつある。一方、日本のナショナリストは、巨大な国をまとめるために、北京政府がナショナリズムを喧伝し、反日感情を煽っている、と非難する。

こうした問題にもかかわらず、両国は経済提携を解くことも、世界で最も重要な2国間関係の発展に終止符を打つこともしていない。しかし、数年前に反日暴動が中国で突然、起こり、緊張が顕在化した。こうしたことが2度とないと断言できる者は、ほとんどいない。

なぜ問題が解決しないのか?

現代の中国という国家の成立にとって、大虐殺が中心となる位置を占めているために――共産党は日本軍国主義から国を守ったと主張している――、その記憶が中国人の中に鮮明に残っている。「日本から何を連想するか?」と聞くと、中国の大学生は決まって「南京
(事件)」を挙げ、これが最も多い回答になる。他方で、東京が(南京事件を)糊塗したり否定したりすることで、傷口が開いたままであることが確かになっている。

小泉首相は東京の靖国神社に繰り返し参拝し、中国の憤激を買った。この神社は、日本を戦争へ導いた人々をまつっている。その後任の安倍晋三は、長らく与党、自由民主党の地下牢につながれていた、歴史を否定したり糊塗する人々を解き放った。歴史の「再解釈」を主張する修正主義者に、彼の内閣は支配されていた。安倍自身、太平洋戦争中に日本が国としてアジアで幾千、幾万人の性奴隷を駆り集めた事実はないと言って、騒動を引き起こした。福田康夫現首相が南京を訪れ、公式に謝罪すれば、
(日中関係を)悪化させる要因を永遠に取り除けるだろうという人が多いが、その可能性はないに等しい。

南京が話題になる他の理由は?

日本と違って、ドイツはますます果敢に自国の過去を調べようとしており、「南京の善人」ことジョン・ラーベという人物に興味を引かれている。彼はナチの現地支部を主宰していたが、25万の人命を救ったといわれる国際安全区の代表となった。

ラーベは大虐殺の目撃者の中で最も有名な人物だったかもしれない。子どもや老女が繰り返し強姦された挙句に殺される様を数週間、見て、苦しみに「言葉を失った」と日記に記している。彼を取り上げた新作映画が2本、作られる。スティーヴ・ブシェミが出演するものと「ジョン・ラーベ 南京のシンドラー」である。

日本で、これらの映画を見る人はいるか?

今のところ、日本での配給元は見付かっていない。「ジョン・ラーベ 南京のシンドラー」の共同ディレクター、アネッテ・バウマイスターは、日本の公共放送局(NHK)から、この主題で独自の映画を作ると聞かされた、と話す。「ひょっとしたら、彼らがいつか作るのかもしれない」

次に何がある?

反日感情が中国で燃え上がりそうである。ヨーロッパやアメリカから悪評が上がることも確かである。それは、東京も感じていることで、政府の坂場三男報道官は「非常にデリケートな問題であるので、映画監督たちによって、感情的な良からぬ反応が引き起こされないよう願っている」と述べた。

坂場は、中国とともに問題を「非政治的に」検討する共同研究会によって、戦争中の出来事をめぐる解釈の重大な違いがせばまることを願っている。「この研究会にたいへん期待しているので、映画によって専門家の作業が困難にならなければと思っている」

では、否定論者はどうだろう?「敵に包囲されているという彼らの強迫観念が強まるだろう」と上智大学で政治学を研究する中野晃一は言う。水島はすでに2本の続編映画も計画している。第2作、第3作に何が求められるだろうか?次のような鍵となる質問に答えて、水島はヒントを示す。大日本帝国軍はいかなる戦争犯罪も犯さなかったのか?彼は「決してない」と答える。「戦争では常に、一部の個人が残虐行為を行うだろう。しかし、日本軍が組織的に戦争犯罪を働いただろうか?そんなことは絶対にない」

日中が南京で合意に達する日は来るか?

はい……

・ 歴史の問題を別にすれば、両国関係はますます強くなっている。事実、中国は昨年、日本の最大の貿易相手国になった。

・ この関係が順調に続くと、万人のためになる。過去の出来事を覚えている世代は徐々に死に絶える。

・ インターネットにより両国の若者は大虐殺について、かつてないほど多くの情報を得ることができる。

いいえ……

・ 日本では、修正主義者が政治や教育の分野で影響力を増しており、どのように出来事を大衆に示すか操作している。

・ ナショナリズムの強まりから、双方はさらに頑なになり、感情がいっそう高ぶる。

・ 議論が大衆文化に浸透した結果、過去の出来事に対する釣り合いの取れた学術研究がほとんど不可能になってしまった。

当然、前回の記事と重複しているところがありますが、新しい情報もあります。 例えば、前回の記事では「南京の真実」が3部作になることを知っている様子は見えなかったですが、今回は、 「水島はすでに2本の続編映画も計画している」ことを明らかにしています。

ジョン・ラーベを取り上げた映画が、スティーヴ・ブシェミが出演する「ジョン・ラーベ」と別に、もう1本あることは初耳でした。その「ジョン・ラーベ 中国のシンドラー」について調べたところ、劇場用映画でなく、ドイツの公共放送局ZDFでテレビ放映するためのドキュメンタリーのようです。

http://www.zdf-enterprises.de/en/john_rabe_the_schindler_of_nanjing.85.htm?template=d_zdfe_program&skip=14&sort=sheadline_de&order=asc&from=85&l=en

ディレクターの1人アネッテ・バウマイスターがNHKの話をしているのは、彼女が自作をNHKに売り込もうとしたときの反応を語ったもので、「独自の映画を作る」という言葉は、どうも断りの口実として受け取られているようです。

南京事件関連の映画に関する外務省の坂場三男報道官のコメントも記されており、日本の外務省も一連の映画に気をもんでいることが分かります。

南京事件を「第2次世界大戦中を通して、ヨーロッパ戦線でも太平洋戦線でも最悪の残虐行為」と評する団体として、United Human Rights Council(仮に「連合人権協議会」と訳した)が登場しますが、これはトルコのアルメニア人虐殺否定に抗議して発足した人権擁護団体で、国連人権理事会(United Nations Human Rights Council)とは無関係です。

中山成彬を含む、12人の政治家が水島の映画を支持している」という1文から、「南京の真実」公式サイトの「賛同者一覧」(11月30日現在)を見たものの、中山元文科相の名前は見えませんでした。6月に「南京問題小委員会」総括記者会見を開いた「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の会長を務めているために、賛同者の1人と誤解されたのかもしれません。今回、改めて「賛同者一覧」を見たところ、国会議員の数が1月の製作発表当初の12人から16人に増えていました。新たに加わった賛同者の中には、元経済産業相で、「中国の抗日記念館から不当な写真の撤去を求める国会議員の会」(6月13日付Reuters記事参照)会長の平沼赳夫衆院議員もいます。そのため、閣僚経験者を含む十数人の政治家がこの映画を支持していることに、変わりはありません。

南京の真実」に対する評価はやはり厳しいもので、記事の表現を使って端的にいえば、「一部の狂信的な新国粋主義者」の映画ということになるでしょう。しかし、すでに指摘したとおり、閣僚経験者を含む16人の国会議員がこの映画に賛同していること、そして、彼らが選挙により日本国民の代表として選ばれているということもまた、事実です。

なお、今回のIndependentの記事の執筆者で、その前日の同紙の記事の共同執筆者の1人でもあるデービッド・マクニール記者の記事が12月6日付でJapan Timesに発表されました。

http://search.japantimes.co.jp/member/ff20071206r1.html

また、この記事の増補版がJapan Focusに投稿されています。

http://japanfocus.org/products/details/2599

勝手ながら、このブログでは日中以外の活字メディアの報道のみを紹介することにしているので、Japan TimesおよびJapan Focusの記事は取り上げません。しかし、Independentの2つの記事を1つに組み合わせ、かつ、これらを補うものとして、一読の価値があると思います。

2007/12/05

映画で南京大虐殺プロパガンダ戦争(Independent 07/12/05)

今月13日で日本軍の南京攻略からちょうど70年ということで、最近、海外のメディアによる南京事件関係の報道が増えている気がします。 それに伴い、「南京の真実」に関係する報道も少しずつ増えているのでしょうか。 今日、この映画のことを比較的大きく取り上げたイギリスのIndependent紙の記事を見付けたので、それを紹介します。

http://news.independent.co.uk/world/asia/article3223694.ece

歴史上、最も嫌悪すべきでありながら、議論の的になっている出来事の中、何が起きたか知りたければ、水島総に尋ねるのが1つの方法である。2万人から30万人の間のいずれかの人命が犠牲になったと推定される1937年の日本による当時の中国の首都占領に対して、水島は「徹底した調査」を加えたという。その結果として、不法殺害の件数を非常に明確な数字で示す。 すなわち、0と。

「大虐殺の証拠は捏造されたものだ。中国共産党のプロパガンダだ」と彼は説く。その根拠として、彼によれば改竄されている写真を多数、収録した本を見せ付ける。1枚の写真は、口にタバコをくわえた中国人の切断された頭部を写している。そのページを強調するため指で突きながら、「日本人は遺体にこのような残酷なことはしない。そういうことは我々の文化にない」と述べる。

水島の映画「
南京の真実」が映画館で上映されれば、世界はただちに彼の主張の是非を評価する機会を得るだろう。南京で起こった出来事については、1937年12月13日に(日本)帝国軍がこの都市に入城した、ほとんどその日からすぐに議論が始まり、以来、激しさを増すばかりである。

この、くすぶり続ける論争が大虐殺70周年に大衆娯楽の分野に及ぶことになった。米国、ヨーロッパ、中国資本の10本近い映画が再び南京の傷口に触れようとしている。どのような結果に終わるにしても、確かなことが1つある。それは、日本の新国粋主義者(ネオ・ナショナリスト)が2度目のプロパガンダ戦争に勝つ見込みは、ほとんどないということである。

昨日
(12月4日)中国の歴史学者が占領の犠牲者1万3000人分の名簿8巻を発表した。名簿には、犠牲者の名前、享年、性別、職業、住所、殺害に関与した日本軍の部隊と殺害方法が記されている。しかし、歴史学者の作業は映画監督のそれに比べると、それほど強い影響を与えることはないだろう。

水島が「
(南京の)真実」の製作にかける予算として噂される200万ドルは、例えば、中国で撮影されている「紫金山」の5300万ドルに比べると、小さく見える。日本の保守派が忌み嫌うアイリス・チャンのベストセラー『ザ・レイプ・オブ・南京』を原作とする米中合作のこの映画は、まさしく「シンドラーのリスト」のアジア版を目指している。

一方、香港のアートハウス系監督イム・ホーが3500万ドルで制作する「南京・クリスマス・1937」は、戦時の町に残り、日本軍から一般市民を守ろうとした外国人たちの奮闘を描く。映画賞受賞経験がある日本の俳優、香川照之と柄本明が「
ジョン・ラーベ」に出演する。このドイツ映画には、スティーヴ・ブシェミとウルリッヒ・トゥクール(「善き人のためのソナタ」)も出演。トゥクールは中国人一般市民を救ったことから、「中国のシンドラー」と呼ばれる、映画の題名となったナチ党員を演じる。ほかに中国映画界の有名どころが「南京!南京!」に出演する。

これらの映画に中国という国の手が、さまざまな形で、からんでいるという事実は、おそらく日本の新国粋主義者の疑念をかき立てるだろう。「中国は日本に対する世界の見方を操ろうとしている」と水島は言う。

北京は巧みにバランスを取らねばならない曲芸をしいられている。南京
(事件)は、日本人と国民党双方の打倒に成功した共産党による1949年以降の中国の創建神話の中で、中心となる位置を占めている。大衆文化の中では数十年間、無視されてきた出来事が、確実に忘れられずに残ることを、政府は願っている。同時に、衰弱する日本と対照的に国力を強める中、両国関係を損なうことは避けねばならない。

南京のおぞましい出来事がもはや
(日中)2国間の問題に留まらないことは、他国の映画監督が(事件に)関心を示し始めていることから、見て取ることができる。オリバー・ストーンが現在、南京映画の脚本を練っている。ロジャー・スポティスウッドは、大虐殺を目撃したイギリス人ジャーナリストを取り上げた苦海」の撮影を終え、編集等の作業に入っている。ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン(「ツイン・タワーズ」)両監督の迫力あるドキュメンタリー「南京」は、すでに公表されている。

しかし、どれにもまして日本を欲求不満に陥らせるのは、カナダのウィリアム・スパヒック、アン・ピック夫妻のドキュメンタリーである。「忘れられなかった女性 アイリス・チャン物語
(「アイリス・チャン ザ・レイプ・オブ・南京」)は、南京(事件)を白日の下に引き出し、北米の華人の間で大虐殺を記憶するよう熾烈に呼びかけた本の著者に、焦点を当てている。3年前に自殺したチャンこそ、今回の新作映画の多くが製作されるきっかけとなった、それらの作品の守護聖人である。彼女の著書を日本の保守派は酷評した。誇張交じりのずさんな調査をし、――最大の罪として――真実と戦時中の中国のプロパガンダとを区別しなかったとして、彼女を非難した。

いずれにしても、すでにナショナリズムの気運が盛り上がる中国で、反日感情が燃え上がりそうである。さらなる悪評がヨーロッパとアメリカから上がることは必至だろう。

水島ら否定論者は、プロパガンダ戦争で、これほどまでの大攻勢に、どう立ち向かうのだろうか?上智大学で政治学を研究する中野晃一は次のように答える。「自分たちが包囲されているという彼らの強迫観念が強まるだろう。彼らは、[特に反日的な中国人による]包囲網のもと、自分たちだけが『真実』と『史実』を保っていると思っている。そして、『真実』を広く、正しく国際社会で、とりわけアメリカの観客に、広めさえすれば、それが優勢になっていくと思っているようだ。もちろん、勘違いしているだけで、結局、自分から深い苦境に陥ることになる」

これまでに紹介した大手の新聞記事の中で、「南京の真実」に対して最も辛辣な記事といっていいでしょう。 報道の客観性を保つために、多くの記事が映画に対する賛否の立場を鮮明にすることを避けてきましたが、この記事は他人の言葉の引用でなく、地の文ではっきりと「日本の新国粋主義者が2度目のプロパガンダ戦争に勝つ見込みは、ほとんどない」と断言しています(ただし、以前、紹介したTime誌の記事も「外部から見ている者で、彼(水島監督)の成功を予想する者は、稀である」と書いていましたが)。さらに、念を押すように、「結局、自分から深い苦境に陥ることになる」という中野晃一・上智大学准教授の批判的なコメントで記事は締めくくられています。もっとも、映画の成功を予想しない理由は明示されていません。

ここでも、「南京の真実」が3部作になったことは記されていません。 「改竄」写真を多数、収録しているとされる本を示しながら、「大虐殺の証拠は捏造」と説く水島監督の姿は、3月3日付のIndependentの記事の取材のために「日本文化チャンネル桜」を訪れたときのものかもしれません。

先月、カナダで公開されたアイリス・チャンの伝記映画の題名を「忘れられなかった女性 アイリス・チャン物語」と完成前の仮題を記しているところから見て、記事の内容がどこまで最新の情報にもとづくものか、疑問に感じる部分があります。 そのため、オリバー・ストーン監督による南京事件を題材とする映画の話も、本当に現在進行中のものなのか、すでに頓挫した過去のものなのか、判断するのが難しいです。

これまでに紹介した記事と比べて、今回の記事で目立っている点としてほかに、アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』に対する日本の保守派の嫌悪感が生々しく書かれている点が挙げられるでしょう。 他の記事がアイリス・チャンとその著書に頻繁に言及しているという事実は、日本では想像できないほどの影響力を、彼女が海外で得ていることを、示唆していると思われます。記事の表現を借りれば、南京事件の記憶の「守護聖人」ともいうべき彼女を目の敵にする日本人の姿に、海外の読者は驚くかもしれません。

すでに述べたとおり、明らかに「南京の真実」に共感を示していない記事ですが、「中国で、反日感情が燃え上がりそうである。さらなる悪評がヨーロッパとアメリカから上がることは必至だろう」というくだりは、映画の製作趣旨の次の1文を彷彿とさせます。

反日、侮日意識が、同盟国の米国だけでなく、世界中の人々に定着しかねません。

もっとも、中国、欧米各国で反日感情が長きにわたって「定着」するとまで記者が考えているかどうかは、定かでありません。

2007/12/03

南京レイプドキュメンタリー、台湾で初上映(DPA 07/11/30)

前回投稿した、その晩に、「南京の真実」第1部完成試写会の日程が12月14日から来年1月に変更になったと告知がありました。 これにより、海外のメディア関係者が完成した映画を見る日も、少し遠のいたようです。

さて、今日は、先週の金曜日11月30日に台湾であった米国のドキュメンタリー映画「南京」のプレミア上映を取り上げた、ドイツのDeutsche Presse-Agentur(DPA)社の記事を紹介します(リンク先はMonsters and Critics)。

http://movies.monstersandcritics.com/news/article_1377760.php/Documentary_on_the_Rape_of_Nanking_premiers_in_Taiwan

このブログではよくあることに、「南京の真実」の紹介記事ではありませんが、映画に対する一応の言及が見られる記事になっています。

1937年に日本人がかつての中国の首都で行った大虐殺を取り上げたドキュメンタリー映画「南京」が、金曜日(11月30日)に台湾でプレミア上映された。映画によって、中国の多数の老人が体験した惨事(南京レイプの名で知られることになる)の記憶が甦る。

台北の長春戯院で開催された、この映画のプレミア上映に、米国のダン・スターマン、ビル・グッテンタグ両監督が参加した。

「日中戦争に参戦した6人の日本兵にインタビューしたが、彼らが良心の呵責を感じていないことに驚いた」とスターマンは言う。

「本作が1月にサンダンス映画祭で日本
(正しくは米国)で上映されると、日本の右翼が200万米ドルをつぎ込んで、『南京の真実』と題する映画を撮影すると発表した。その映画により、南京レイプがなかったことを明らかにするそうだ」と続ける。

映画「
南京」は、中国系アメリカ人作家アイリス・チャンの著書『ザ・レイプ・オブ・南京』に触発されて、作られた。映画は、欧米人宣教師が撮影したフィルムを用いて、1937年12月13日から始まった惨事について語る。この日、この都市(南京)は侵攻する日本軍の手に落ちた。

6週間で日本軍は約30万人の中国人を殺害し、8万人の女性を強姦して、古代以来の都市を「地上の地獄」とした。

映画では、死屍累々の様子を伝える映像や写真、中国人生存者の体験談が紹介される中、大虐殺について詳しく記した欧米人宣教師の日記が朗読される。

大虐殺の生存者である高希均教授は、プレミア上映の会場で挨拶をし、両親が自分を連れて台湾へ逃げなければ、殺されていたと話した。

「日本人を憎むのでなく、歴史を思い起こし、戦争の残忍さが再び繰り返されないようにしてほしい」と教授は語る。

南京」は米国、メキシコ、中国、香港ほか、各国で上映され、米国アカデミー賞の(長編)ドキュメンタリー部門でノミネート作品の最終候補に入っている。

(スターマン、グッテンタグ)両監督は、「南京」がいつか日本で上映されることを願っている。南京大虐殺があったことを日本政府が未だに否定しているからである。

2007年は南京レイプ70周年に当たる。南京
(事件)に関する7本の映画が製作される予定である。その中には、アイリス・チャンの著書にもとづく中国の映画も含まれる。

南京の真実」の話題は、「南京」のダン・スターマン監督の話として紹介されています。ここから、同監督が「南京の真実」のことをきちんと認識していることが分かります。

ここでの本題である「南京」は、アカデミー長編ドキュメンタリー賞のノミネート候補に入ったそうで、評判はいいようです。しかし、監督が「いつか日本で上映されることを願っている」という書き方から見て、今のところ、日本で上映する予定はないらしいです。

他の記事が南京事件の死傷者数に関して、「中国の主張では」とか「東京裁判の推計では」といった留保を付けて断定を避けていたのに対して、この記事ははっきり「日本軍は約30万人の中国人を殺害し」たと書いています。

また、南京事件をめぐる日本の動向も、事件を否定する「南京の真実」への言及や、「南京大虐殺があったことを日本政府が未だに否定している」という書き方から、事件を否定する見方が日本で根強いという印象を与えるものになっています。

ただ、事件に対する日本政府の見解に関しては、事実関係をはっきりさせる必要があるでしょう。5月31日付のAFPの記事が伝えているように、今年4月に安倍内閣は、「旧日本軍による南京入城後、非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できないと考えている」と明記した文書を発表しています。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166179.htm

このことから、記事にあるように「南京大虐殺があったことを日本政府が未だに否定している」とはいえないと思います。ただし、文書は上に引用した箇所に続けて、具体的な件数は政府として断定できないと述べています。そのため、具体的な数を特定できない「非戦闘員の殺害又は略奪行為等」を認めることと、「約30万人」が殺害された「大虐殺」を認めることとは、必ずしも同じことではないのかもしれません。