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2007/05/08

日本の歴史戦争(Chronicle of Higher Education 07/04/27)

今回紹介するのは、アメリカの高等教育専門紙Chronicle of Higher Educationに掲載された記事です。

http://chronicle.com/weekly/v53/i34/34a05301.htm

日本での南京大虐殺論争について、海外の一般紙では期待できない詳しい記述が見られる点で、興味深い記事です。

黄文雄の『マンガ中国入門』は難解である。300ページ図入りで、中国は民主主義を受け容れられない、食人を習慣にしているとか、世界一の性産業を擁していると主張する。ある場面では、世界の有名政治家が、アジアの感染症の大部分は同国に由来すると発言する。他の場面では、裸で手足を広げた女性の姿で描かれた中国が60万人の「エイズ患者」の売春婦を輸出したといわれる。

この漫画の中で、黄氏は落ち着いて、たっぷり時間をかけて、日本でなく中国が太平洋戦争の侵略者であったとする特異な歴史を語っていく。

「あの国が生んだ唯一の良いものは中華料理だ」とここ拓殖大学で客員教授を務め、比較文化論を教える黄氏は言う。

この台湾生まれの著作家は、学者、大衆文化、与党自由民主党の少なからぬ部分に及んで急成長しつつある日本の修正主義運動の中でも、毒のある人物である。彼らを結束させる方針は、要するに修正主義革命である。すなわち、1930年代、40年代の大日本帝国のアジア拡張の中で起こった出来事に関して、一般的見解の基礎となる、資料の十分な裏付けを得た歴史記述の多くを覆そうとする試みである。

これら学界の修正主義者の思いどおりになれば、日本兵が何万人もの中国一般市民を殺害した1937年の南京大虐殺をはじめとする当時の悪名高い出来事は、アジアで侵略戦争を始めたのは日本であるという説明ともども、日本の歴史書や意識から消え去るであろう。12月半ばの事件後70周年を控え、南京大虐殺をめぐる緊張は深まらざるをえない。

歴史、性、政治関係で議論のある問題はずっと、日本の一部の漫画家に、もうけの機会を与えてきた。彼らは漫画という形式を使って、タブー視される題材に取り組んだり、日本人の戦争犯罪を糊塗するのを常としている。『
中国入門』はさらに1歩踏み込んで、これら犯罪の中でも最も残忍な南京大虐殺を中国人自身のせいにする。

「南京事件が作り話であることは自明だ」 と藤岡信勝は言う。彼も黄氏同様、拓大で教鞭を執る。藤岡氏は、1937年12月の日本軍の南京占領後に行われた残虐行為に関する膨大な証言や証拠書類を斥ける。

「中国の言う30万市民の死という数字はナンセンスだ」と藤岡氏は言う。「一般市民の大虐殺も不法殺害もなかった。1万5000人の中国兵が死んだかもしれない。」黄氏は、日本軍が中国北部で指揮した悪名高い生物戦部隊の731部隊は、中国の細菌戦に立ち向かうために結成されたものだろう、とさえ言う。

教育学の教授で、文化人類学も教える藤岡氏(63才)は、中国のプロパガンダと南京事件に関して共著を1999年に発表しているが、日本の戦争犯罪を扱った学術的な歴史書は1冊も書いていない。 極めて活発に発言する日本の修正主義者の多くがそうであるように、彼も自説を公表するために、主に一般誌や新聞のような大衆的な場を利用している。

彼は最近、東京の右翼寄りの新聞「産経新聞」から、その年を代表するコラムニストとして賞を授与されている。過去の受賞者には、ナショナリストの石原慎太郎都知事がいる。

黄氏は歴史学者でなく、多作(年に4、5冊出版することも)の著作家で、著書に意図して挑発的な題名を付けているように思われる。最近、加わった著書に『
醜い中国人』、『韓国は日本人がつくった』がある。

主流へ

このような考え方をもった人々は長年、日本の学界の片隅をさまよっていた。しかし、ここ10年の間に彼らは一般大衆の人気を獲得した。藤岡氏の見解の多くを支持し、日本の歴史教育の「再考」を望む政治懇談会に、日本の現職閣僚18人のうち12人が属している。1997年の創設に氏>が携わった「新しい歴史教科書をつくる会」は、修正主義的な中学校用歴史教科書を約80万部、売り上げた。もっとも、抗議のために、この教科書は一握りの学校でしか採用されなかったが。政権を握る前の安倍晋三首相は、この会の有名な支持者の1人であった。

南京大虐殺や中国人女性の性奴隷(いわゆる慰安婦)化など、日本軍が第2次大戦中に行った蛮行については、非常に綿密な研究が多数、日本の学界で行われている(英語では、ごく一部しか発表されないが)。しかし、評者によると、日本での研究成果の公表の仕方に見られる特異性――特に同業者による批評が比較的稀であること――のために、この問題はゆがめられているという。

多くの大学教授が学内の雑誌に研究を発表している。上智大学で政治学を研究する中野晃一によると、それらの雑誌はがらくたを絶えず生み出しているという。「しばしば、学部の教員が書いたものは何でも、外部の審査を経ずに掲載される。その結果、真に学術的な論文と大衆的な論文との区別が非常に希薄になっている」と彼は言う。「学者の中には、アメリカ人が理解するような意味での大学の雑誌ではなく、一般向けの出版物に著作を発表することを仕事にしている者がいる」。

事件の詳細や死亡者数に関しては議論が続いているものの、大多数の歴史学者は次の点には同意している。すなわち、南京大虐殺(「南京レイプ」としても知られる)は、日本がこの町を占領した後に、8万人以上の中国人一般市民および投降兵が殺害され(1946年の極東国際軍事裁判では、20万という数字が妥当なものとされた)、数万人の女性が強姦された残虐行為である、という点については。否定し難い証拠書類、目撃談、証拠写真があるにもかかわらず、日本の修正主義者は、そこで戦争犯罪や残虐行為が行われたという告発を否定し続けている。

この国で戦争の歴史が未消化であるために、世界で最も重要な2国間関係の1つは依然として悪影響をこうむっている。近年、中国で吹き荒れた反日暴動は、戦争中の出来事に関する重大な解釈の違いをせばめるために、北京と東京が共同研究を開催するまでに到らせた。日本側からは、南京事件――特に、しばしばいわれる30万人という死亡者数――が政治手段とされてきたために、抑制のとれた学術的な議論が不可能になっているという声も出された。

研究会に日本側の委員として参加する東京大学の北岡伸一教授(法学)は、「本当に難しい。しかし、我々の間に横たわる溝を埋める何らかの道を見付けなければならない」と語る。

藤岡氏は、中国側と話し合っても、日本の学者が得るものは何もないとして、このような協議に反対する。彼は言う。「話し合いをしても無駄だ。中国政府は、大虐殺があったと決め付けている。そこから何が期待できるだろうか?」

南京大虐殺に関する6本以上の映画の製作が進められている。その中には、北京政府の後援を得て、1997年にベストセラーとなったアイリス・チャンのノンフィクション『
ザ・レイプ・オブ・南京 第2次世界大戦の忘れられたホロコースト』をもとに作られるものもある。

これに対して、日本の水島総監督が、亜細亜大学の東中野修道教授(思想史)の修正主義的な著作に依拠して、南京レイプを捏造と主張する
(映画を製作する)意向を明らかにした。映画は12人の国会議員や学者の一団からなる賛同者を得ている。

東中野氏(この記事の取材を謝絶)と藤岡氏は南京事件研究において、この町の占領時に戦争犯罪が行われたとする、いかなる主張も斥ける、いわゆる「まぼろし派」を代表する人物である。東中野氏によると、大虐殺の中、起きた出来事を写したものとして公表された3万枚の写真は、捏造されたものだという。両氏の著作に対しては、日本の多くの学者、さらに修正主義派の一部からも反論が出ている。彼らによれば、死傷者数に関して疑問の余地があるのは事実だが、彼らの研究は信用することができないという。

「南京問題をめぐってできる両陣営には、正気を失った人々が大勢いる」と日本大学の秦郁彦教授(歴史学)は言う。彼は、この事件に関する修正主義者の数少ない本格的な研究書の1つで、影響力をもつ『
南京事件』を1986年に発表している。

南京占領時におよそ4万人の中国人が死亡した、と彼は主張する。しかし、そのとき同時に起こった捕虜の殺害に「大虐殺」という用語を用いることには、異を唱える。また、戦時中の中国のプロパガンダにより死傷者数が引き上げられた、ともいう。

秦氏は、戦争犯罪について最も活発に議論する修正主義学者の多くが、歴史学者でないことを指摘する。しかし、知識人たちの露店市
(と化した南京問題)では彼らにも居場所がある、と見る。

「彼らにはしばしば呆れるが、日本の一般人のこの問題に関する理解力は、非常に程度が高い。世間が自ら判断することになれば、私は世論を信頼する」と彼は語る。日本の戦争犯罪に対して誇大な主張がなされたと感じられた時期を経て、今、日本に募る不満の「はけ口」、それがまぼろし派だという。

議論の欠如

まぼろし派に対する、さらに辛辣な批判者によれば、そこに属する学者は、真摯な学術的な討論に一切、参加していないという。上智大の中野氏は言う。「これらの学者は議論をする気がない。彼らがしているのは、既成の研究の誹謗中傷だ。解明するのでなく、疑いをかき立てている」。

修正主義者はかつてタブーだった議論に一般の注目を集めるのには貢献したが、膨大な読者をもつ彼らの低俗な出版物が「戦争犯罪に関する一般の議論から、研鑽を積んだ歴史学者を追い出している」と中野氏は言う。

集団殺戮(ジェノサイド)という大罪を否定することが犯罪とされるドイツと違って、日本では有力政治家が繰り返し、資料による十分な裏付けのある蛮行を否定している。安倍首相は最近、抗い難い資料群があり、1993年に東京
(日本政府)が事実として認めたにもかかわらず、戦時中の日本政府または日本軍が何千、何万人の慰安婦を奴隷化した証拠はないと言ったために、アジアや米国で憤慨を招いた。

修正主義学者を取り締まる大学は、ほとんどない。いったん採用された教員を日本の大学から解任させるのは、難しい。日本の大学はいかなる場合にも、公然と対決姿勢を示すことは滅多にしないからである。

黄氏は、拓殖大学の理事に好意的に受け入れられている、と言う。もっとも、学生からの抗議にさらされている、とも付け加える。数百人の中国人学生が在籍し、校歌に「人種の色と地の境、我が立つ前に差別なし」という文句をもつ拓大の代表者は、大学としてのコメントは差し控えたい、と述べる。

否定論者を沈黙させようとすれば、自由に言論活動を行う権利が否定されたと言われて、彼らの思うつぼにはまる、とたいていの評者は言う。

「日本に表現の自由があることが、中国との最大の違いだ。東中野氏らの言うことを規制する法律は必要ない」と日大教授(歴史学)の秦氏は言う。

修正主義者はこうして、その結果がどうであれ、舌鋒を鋭くする自由を得ている。初め日本史上の暗黒時代を矮小化しようとする試みと見られたものが、無条件の否定を実践するものと化してしまった。

上智大学の中野氏は次のように言う。「旧世代の[修正主義]学者の中には、今、起こっていることに困惑している人があるだろう。彼らは制御できない怪物を生み出したのかもしれない」。

記事を書いたのは、デービッド・マクニールという記者で、以前に紹介したIndependentの記事も彼によるものです。

前回の記事では、水島監督の意見にほとんどコメントを加えていませんでしたが、今回の記事では、監督ら「南京の真実」製作委員会の歴史認識に対する記者の立場が非常に鮮明にされています。

他の記者が、日本の右派の歴史認識(ここで言う「修正主義」)が日中関係を損ない、国際問題に発展することを憂えるという立場を取っていたのに対して、この記者はどちらかというと、より純粋に国内問題として、日本内部での異なる歴史観の葛藤に重点を置いているように見えます。

このブログの主題である「南京の真実(仮題)」との関連で重要なのは、藤岡信勝、東中野修道両教授への言及でしょう。 2人は映画の賛同者に名を連ね、この映画の主張に少なからず方向を与えていると予想されるからです。実際、このブログで最初に紹介したAPの記事は、映画が東中野教授の著作に依拠したものになると明記しています。さて、「『まぼろし派』を代表する」この2人の研究に対して、記者が下す評価は、彼らは歴史学の専門家でなく、専門家からは信憑性がないとして批判されている、と要約することができるでしょう。 そうした専門家の批判を浴びる著作が、今の日本で一般向けに出版され、多数の読者を獲得しているということを、この記事は問題にしているわけです。

面白いことに、「まぼろし派」に対する批判者の代表として、保守系の秦郁彦教授に取材しています。しかも、記事の中では、秦教授も東中野・藤岡両教授もともに「修正主義者」と呼ばれています。記者は、修正主義内部でも、一定の学術的水準を保っていた旧世代(秦)と、真摯さを失い、大衆に迎合するようになった新世代(東中野・藤岡)とを区別する見方をとっているようです。

修正主義全体の批判者としては、中野晃一・上智大学准教授が紹介されています。しかし、同氏の専門は比較政治学であって、歴史学ではありません。 修正主義者の議論の非専門性を批判させるならば、修正主義に対抗する歴史学の専門家を訪ねる方が望ましかったのではないでしょうか。また、東中野・藤岡両教授を名指しして、修正主義者の主張は日本の歴史学界の多数意見とは異なるといっておきながら、その多数意見を述べる歴史学者の名前が一切、登場しないということにも、問題があると思われます。秦教授の見方が歴史学界の多数意見を反映しているとはいい難いでしょう。

なお、今回紹介した記事の改訂版が、海外に日本関係の記事を発信するJapan Focusのサイトに掲載されています。

http://japanfocus.org/products/details/2413

上に訳出したChronicle of Higher Education版とJapan Focus版の主な違いとして、前者の第8段落の「黄氏は、日本軍が中国北部で指揮した……」 の文が後者では次の1節によって置き換えられています。

藤岡ら新国粋主義者(ネオナショナリスト)は大虐殺にまつわる風説の信憑性を損なうために、中国側が主張する最多の死者数を利用することで、日本人や他の歴史学者が丹念に収集した資料を無視している。さらに重要なことに、日本の侵略と戦争の過程で組織的な抑圧が行われ、優に1000万人を超える中国人の生命が犠牲になったことを、彼らは無視している。