12月14日はもともと「南京の真実」第1部「七人の『死刑囚』」完成試写会の開催が予定されていました。しかし、映画の製作が遅れ、試写会は来年1月25日に延期されました。そこで、この日は「第一部撮影完了報告大会」なるものが開かれたそうです。今回は、その大会の模様を伝えるReutersの報道を紹介します。
http://www.reuters.com/article/latestCrisis/idUST249248日本人は南京で大虐殺を働いていないと発言しなければならない、金曜日(12月14日)に開かれたシンポジウムで映画監督がそう述べた。その前日に中国では、30万人が死亡したとされる事件から70周年が記念された。
水島総の新作映画「南京の真実」は1月に試写会が開かれる。この映画は、(南京事件)70周年に合わせて製作される海外の一連の映画に対抗する日本のナショナリストの試みである。1937年に中国国民政府の首都を日本軍が攻略した後に繰り広げた大殺戮が、それら海外の映画によって語られる。
1本はアカデミー(長編)ドキュメンタリー賞のノミネート最終候補に入っている。
中国にとっては、日本がいわゆる南京レイプをどのように記憶しているかということが1930年代から1945年に国土の大半を苛酷に占領した隣国が、その過去をどれだけ悔いているか判断するための指標になっている。70年を経てもなお、かつての交戦国は過去の出来事について合意に達することができない。
「絶対の真実がある。それは南京大虐殺はなかったということ。」国歌斉唱のために立ち上がってから、大半は老人で占められた聴衆に水島は語りかける。「子どもたちに日本は野蛮な国だと思ったまま成長して欲しくない。」
石原慎太郎東京都知事をはじめとする超保守派の支援を受ける映画のハイライトが先行上映された。そこには兵士たちが気をつけの姿勢で直立する中、大日本帝国軍の将校が馬にまたがって南京に入城する光景を写した日本のニュース映像も見られた。
「日本軍の入城により市内は平静な秩序が保たれるようになった」と字幕は記す。
当時、その地で軍務に就いていた元日本兵の映像も上映され、一般市民に対する大規模な暴行をすべて否定した。
歴史めぐる分裂
水島の映画は亜細亜大学の東中野修道教授の研究に依拠する。先月(11月)、日本の裁判所は東中野に対し、中国人女性に賠償金を支払うよう命じた。彼女が南京で日本人の暴行を受けた犠牲者と詐称していると主張したためである。
金曜日のシンポジウムで東中野は、この事件全体が当時、南京に住んでいた欧米人がでっち上げたものだと語った。 連合国による軍事裁判では、事件で14万2000人が死亡したとする見方が示された。
「もちろん、犠牲者数については推測の域を出ない。しかし、歴史学者の目から見て、事件を否定するのは無理だ」と東京大学のスヴェン・サーラ准教授(歴史学)は言う。
水島は支持者を得、そのうち5000人から映画の製作費として2億円以上を寄付されたと言っている。しかし、彼の見方に異を唱える日本人もいる。このことは、この国の軍国主義の過去をめぐり国内に深い溝が走っていることを示唆している。
日本の学者や活動家からなる一団が今年、南京をはじめとする世界各地で(南京)事件に関するシンポジウムを開催している。和解を促進し、彼らの言葉を借りれば、過去と向き合うことができない国、日本というイメージと闘うための試みである。
「どういうものか知りたいので、映画は見に行く。」都留文科大学教授で、グループの一員である笠原十九司は語る。「しかし、恥ずかしい。海外では正確なドキュメンタリーが作られているのに……日本はこんな映画しか作れないとは恥だ。」
2000年代初めに戦争の歴史をめぐる論争から両国関係は冷え込んだ。しかし、その後、日中関係はこの1年で著しく改善した。北京は今年、「南京大虐殺」を訴える口調を和らげた。両国政府はついに不和を取り除けるのではないかと分析する向きもある。
「日本の要人が南京を訪問すれば、問題はだいたい解決するだろう。中国側から手が差し出されている。日本側はそれを握り返すだけでいい」とサーラは言う。
日本の福田康夫首相が今月か来月に予定される訪中の折に、好機を捉えて南京を訪れることも考えられる。
しかし、水島の映画および東中野ら支持者が表明する見方によって、中国が今後、論争を再開させる道が開かれるかもしれない、とサーラは警告する。
撮影完了報告大会に集まった人の人数は書かれていませんが、年齢の面では「大半は老人で占められ」ていたそうです。会場で映画の「ハイライト」が上映され、そこに南京入城式の記録映像が含まれていたようです。また、当時、南京にいた元兵士のインタビュー映像も上映されたことが分かります。シンポジウムからは東中野修道教授の発言が紹介されています。 大会は昼の部と夜の部に分けて行われ、東中野教授は昼の部のシンポジウムに参加したそうです。ですから、記事が伝えているのは昼の部の模様で、夜の部は事情が違っていたかもしれません。
記事は単なる撮影完了報告大会のレポートにとどまらず、後半では、この映画に批判的な歴史学者2人のコメントを載せています。そのうち1人は日本人でないものの、笠原十九司教授の言葉や教授が属する団体の活動を通して、日本人の間にも南京大虐殺を事実として認め、これと向き合おうとする動きがあることが指摘されます。大虐殺をめぐる日本人内部のこうした意見の対立を小見出しで端的に「歴史めぐる分裂」と表現しています。
では、その「分裂」のどちら側に記者はより多く共感を見出しているのでしょうか。非常に表面的に見ると、東中野、笠原両教授という識者をそれぞれの側から出すことで中立を保っているように感じられます。しかし、東中野教授について、生存者を偽者扱いして名誉毀損で訴えられ、日本の法廷で敗訴した(もっとも、地裁判決を不服とし、控訴する模様)という事実が指摘されています。これは読者が同教授の研究者としての資質に疑念を抱く要因になります。
ちなみに、東中野教授はそれ以前に中国の裁判所でも同様の訴訟に敗れています。このことは1月24日付のAPの記事が言及しており、海外でも知られているようです。
その後、南京事件を「でっち上げ」とする東中野教授の発言が紹介されます。そのすぐ後には、東京大学で歴史学を専門とするスヴェン・サーラ准教授の「歴史学者の目から見て、事件を否定するのは無理」というコメントが続きます。このコメントが上の敗訴の指摘と相まって、東中野教授の研究は歴史学研究の名に値しないといっているかのように聞こえます。その東中野教授の「研究に依拠する」映画として「南京の真実」は紹介されています。はっきりいうと、記者は、この映画の主張に学術的な裏付けがあるのか疑っていると思われます。
映画に対する否定的な見方はそれだけにとどまりません。記事の最後はこの1年間の日中関係の改善について語り、希望的な観測さえ示します。しかし、そうした友好ムードも「南京の真実」がぶち壊しかねないとするサーラ准教授の警告で、記事は締めくくられています。どうやら記者は日中間に波乱の種をまく要因としても、この映画を歓迎していないようです。