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2009/01/24

「南京の真実」日本の戦争に新たな見方(Irish Times 08/11/12)

ずいぶん更新を怠ってしまいました。言い訳をすると、去年(2008年)に入って「南京の真実」に関する報道がめっきり減ったからです。とくに春以降はほとんど全滅といったありさまでした。すでに南京事件70周年が過ぎてしまったこと、第1部「七人の『死刑囚』」が全国規模で劇場公開されて物議をかもすまでに到らなかったこと、外国の関係作品も制作が進捗せず、当初予想されたほど多くの映画が一斉に完成・公開されなかったことが理由として考えられます。

そうした状況が秋に少し改善されました。まず10月14日にロサンゼルスで「七人の『死刑囚』」の試写会が開れたそうです。

http://www.nankinnoshinjitsu.com/blog/2008/10/_h201025.html

水島監督の報告記に「日系新聞『サン』とロスの学生新聞の中国系記者から取材を受けた」とあります。このうち後者の記事をインターネット上で見つけました。

http://www.dailytitan.com/1.850368

さらに11月7日から1週間、ロサンゼルスの映画館で英語字幕版が上映されました。その初日に合わせて東京で「プレス試写会」が開かれました。今回取り上げるのは、その試写会に参加した記者によるアイルランドのIrish Times紙の記事です。

http://www.irishtimes.com/newspaper/world/2008/1112/1226408552500.html

第2次世界大戦において日本は侵略者でなく、被害者だった。この国の最もひどい戦争犯罪はすべて敵がでっち上げた嘘で、指導者たちは国を破滅から救うために死んだキリストのような人物だった。

こんな『不思議の国のアリス』のような歴史観が大スクリーンで上映された。1937―38年の日本軍による中国の古都攻略を扱った低予算映画「
南京の真実」が現在、英語字幕入りでロサンゼルスのとある映画館で上映されている。映画はヨーロッパでも公開される予定。東京駐在の外国人記者が今週開かれた試写会に招かれた。

修正主義者による3部作の1本となる予定のこの映画は「祖国のために犠牲となった7人の立派な殉国者」に対する献辞で始まる。映画公開に伴い発行された理解に苦しむ英語版パンフレットには、彼らの「雄々しさ、愛、苦しみは絞首台の露と消えた」と書かれている。

Irish Timesの読者が驚かないよういっておくが、「殉国者」とはもちろん、戦時中の首相、東條英機らのこと。彼らの画策により日本はアジアを蹂躙して破滅を招き、ちょうど60年前に米国の占領軍に処刑された。

彼らがスクリーンに登場すると決まって、高らかに音楽が鳴る。そして、彼らが外国の帝国主義者を追い払い、アジアに平和をもたらしたい一心で行動していたことを説明する場面では、クローズアップが長々と続く。

日本が戦争中に果たした役割について一般に受け容れられている知見を覆そうとする映画は、「南京
(の真実)」が最初というわけではない。東條をあからさまに同情的に描いた伝記映画「プライド 運命の瞬間」が10年前に公開されると、中国と韓国で予想どおりに憤慨を呼んだ。しかし、大成功を収めた「プライド」と違って、「南京(の真実)」の興行成績は問題になっていない。私は上映会に出席した数少ないジャーナリストの1人である。

では、日本の歴史修正主義運動の終焉を告げるべき時が来たのだろうか?否、そう結論するのはまだ早い。映画館の客席が空いている理由は単純である。「南京
(の真実)」を見ると、バター抜きでトーストを食べるように、うんざりした気分にさせられるからである。

処刑の場面が2時間ある上映時間の半分以上を占める。そして映画の中で芸術性を担う貧弱な粥は大部分、温め直した古典からの引用と辞世の歌からなる。

日本が政治的な常識から外れて騒ぎを招く傾向があることを理解するためには、最近の航空自衛隊幕僚長が更迭された顛末を見る方がずっといい。

田母神俊雄空将は賞を受けた論文の中で、「南京
(の真実)」の監督、水島総とほとんど同じ意見を述べた。この論文により彼は10月31日に降格された。田母神は、日本が戦時中、侵略国家だったというのは「濡れ衣」だとし、「正しい」歴史「認識」を呼びかけた。

彼によれば、「日本が実施してきたことは素晴らしい」。戦争を戦っていなければ、日本は「現在のような人種平等の世界」を見ることはできなかっただろうという。

これは些細な問題ではない。ピュリッツァー賞を受賞した歴史家のハーバート・ビックスが今週、指摘したように、「田母神は、日本の植民地支配は人道的かつ合法的であり、第2次世界大戦で日本の行動は侵略でなかったと主張するが、この主張は憲法の精神に反し、戦前・戦中に日本が侵略した国々に謝罪するという政府見解を否定することになる」

日本が近隣のアジア諸国との関係を再構築する土台となった政治構造全体がこうも見事に無視されるのを見た麻生太郎首相は、航空幕僚長をクビにせざるを得なかった。しかし、それからの田母神の反応が興味深い。これまで失脚した修正主義者の多くが舞台裏で静かにしていたのと違い、この空将は威勢よく表に出てきたのである。

昨日
(11月11日)の参議院外交防衛委員会での証言で田母神は謝罪と6000万円の退職金返納を拒んだ……「私は論文に政府見解と違ったことを書いたとは思っていない」と述べた上で、米国の占領中にでき、60年がたつ「平和」憲法を日本は今、改正すべきだと付け加えた。

こうした意見が保守系の出版界やインターネットで人気を得ていることは明らかになっている。インターネットの世界で空将はすでに一種の日本版オリヴァー・ノースとしてブロガーの喝采を集めている。ノースは1980年代の米国で、言え
ないことを代弁してくれる民衆の英雄となったタカ派の論客。

世界のその他の部分では、この前例のない大胆不敵な挑戦の原因は何なのかが問題となる。答えは、田母神と同じ意見をもつ人々が彼を取り巻いているからである。そして、その人々の中に首相自身もいる。

修正主義的な政見を好み、有権者から見放された安倍晋三元首相の失墜後、麻生氏はそうした意見を公然と述べるような愚を冒さない。他の人々はそこまで慎重ではない。

中山成彬元文科相はチャンネル桜のウェブサイトで「南京
(の真実)」の賛同者に名を連ねる有力政治家の1人である。チャンネル桜は映画を製作したインターネット放送局。

「日本は我々の方向に動きつつある」と水島監督は映画制作中に言っていた。彼の他の主張と違って、この部分は実は真実なのかもしれない。

記事を書いたのは、このブログですでにおなじみのデービッド・マクニール記者です。自ら「上映会に出席した数少ないジャーナリストの1人」と書いていますが、この映画に最も強い関心をもっている記者といっていいかもしれません。実際、この東京の試写会を報じた記事は自分の知る限り、これだけです。まだ映画の撮影中に辛辣な評を書いた彼がついに完成した作品を目にしたわけですが、おおかたの予想どおり、彼には理解できない映画に仕上がったようです。

途中「映画はヨーロッパでも公開される予定」とあるのは、12月21日にドイツのフランクフルトで開かれた試写会を指していると思われます。その試写会に関する報道は今のところ確認していません。

さて、記事の後半は10月末から11月にかけて世間を騒がせた田母神俊雄航空幕僚長の更迭問題を取り上げています。その中で田母神氏は水島監督と「ほとんど同じ意見を述べた」としています。実際、水島監督が経営するチャンネル桜は、同氏を擁護する内容の番組を制作しているので、2人の立場を「ほとんど同じ」とすることは妥当といえるでしょう。そんな2人に代表される「修正主義」的な歴史観は日本政府の公式見解に反すると記事は指摘します。

では、政府見解と異なるその意見は、奇矯な少数意見としてほとんど影響力をもたないかというと、そうではないといいます。記事によると、政治家とインターネットがそれを支えているそうです。そんな政治家の中に麻生首相も数えられています。しかし、首相をそのように捉える根拠は、この記事の中では明らかにされていません。また、中山成彬元文科相がチャンネル桜のサイトで「南京の真実」の「賛同者に名を連ね」ていると書かれていますが、実際にそうなっているところは確認できませんでした。

記事の最後にあるように、日本が少しずつであれ、着実に水島監督たちの「方向に動きつつある」のでしょうか。それとも、「修正主義」寄りの安倍元首相を「見放」した「有権者」がその動きを阻むのでしょうか。その辺りは意見の分かれるところでしょう。もっとも、安倍元首相の退陣を単に「修正主義」を忌避する民意の表れとする記者の見方が正しいかといわれると、疑問を感じてしまいます。