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2008/01/23

東京・北京間に南京の火種(Le Monde 07/12/17)

今回は、フランスを代表する日刊紙Le Mondeの論説を紹介します。昨年12月17日付で、少し遅れたものの、13日の南京事件70周年に合わせて、発表されたものです。

http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3232,36-990584,0.html

当初はLe Mondeのサイトで本文を無料で公開していましたが、今は有料のようです。しかし、LeJapon.orgに転載されていることを確認しました。

http://www.lejapon.org/info/modules.php?file=viewtopic&name=Forums&p=141780

オリジナルでは、最後に「追伸」(POST-SCRIPTUM.)という小見出しが付いた節があります。しかし、これはオーストラリアのアボリジニの問題を取り上げたもので、内容も文章も、それ以前の部分とのつながりが見られません。そこで、この節の訳は割愛することにします(LeJapon.orgの転載でも、その部分は割愛)。

「おそらく、ありとあらゆる罪業が今日、この南京で行われたであろう」。1937年12月16日、後に南京劫掠と呼ばれることになる出来事の4日目に、アメリカ人教師ミニー・ヴォートリンは、この日も中国の首都で日本兵が新たにはたらいた、おぞましい行為をつぶさに記録に留めている。12月13日に(日本)帝国軍が容赦ない空爆に屈した、この都市を占領した。中国国民党軍は敗走した。続く6週間で日本人は市民や捕虜に対して組織的な略奪、強姦、虐殺をほしいままにする。この事件は後に20世紀の歴史上、最暗黒の出来事の1つに数えられることになる。

この凄まじい殺戮の中、ナチスドイツの実業家で、ジーメンス社中国代表のジョン・ラーベが率いる少数の欧米人グループが退避することを拒んだ。
(退避に)「道義的な問題」(がある)と、このドイツ人は言っている。彼らは市民のために安全区を創設し、勇気だけを頼りに、占領軍にこれを認めさせることに成功する。ミニー・ヴォートリンは、日本兵による拉致から女性たちを守ろうとする人々の1人。ロバート・ウィルソンというハーヴァード出身の外科医もおり、彼が切り盛りする仮設病院は、重傷者でいっぱいである。ほかに、密かに16ミリカメラを回すジョン・マギーや、そのフィルムをコートの裏地に隠して、(中国から)持ち出すことになるジョージ・フィッチもいる。

大虐殺と、「南京のシンドラー」ことジョン・ラーベのグループの英雄的な行動こそ、ビル・グッテンタグとダン・スターマンによるアメリカのドキュメンタリー映画「
南京」の核心である。同作はサンダンス映画祭に出品され、今や南京劫掠70周年を記念して、いくつかの国で上映されている。7月に北京でプレミア上映が催され、海賊版DVDにとって代わられるまで、大々的に公開された。これは、南京の惨劇を扱った最初の映画でも最後の映画でもない。というのも、世界中で現在、10本近い作品がほかに準備されているからである。日本の極右の映画監督、水島総は、南京大虐殺が「虚構」であることを明らかにしようとしている。彼の映画の題名は「南京の真実」になる予定。カナダ人は現在、中国系アメリカ人作家アイリス・チャンにささげられたドキュメンタリーを見ることもできる。1997年に書かれた彼女の著書『ザ・レイプ・オブ・南京』は、パヨ社から(仏語版が)新たに出版されたばかりである。米国でベストセラーとなった、この参考書は――1997年に!――初めて大虐殺の情報を余すところなく集めたものとなった。生存者の孫であるアイリス・チャンは、徹底した調査を行い、とりわけジョン・ラーベやミニー・ヴォートリンが残した手記にたどり着いた。ミニー・ヴォートリンの前例のように、アイリス・チャンも2004年に36才で自殺した。

1937-1938年当時の日本の中国派遣軍の指揮官、松井石根大将は東京の国際裁判の結果、1948年に死刑の判決を受け、絞首刑に処された。以来、日中は、この出来事の見方や犠牲者数をめぐって対立している。一般に3万と推計するか?30万とするか?どのように調べるか?何万もの死体が投げ込まれた揚子江の急流は、けっして答えはしないであろう。

自国の歴史と向き合うことに、ためらいがちな日本の姿勢は、その地域全体の障害になっている。否定論が政府の路線でないにしても、松井は、東京の靖国神社にまつられる14人の戦犯の1人である。小泉純一郎元首相はこの神社に何度も参拝し、中国人、韓国人の憤慨を買った。2005年には中国で反日騒動が相次ぎ、両国関係は悪化した。

しかし、南京劫掠70周年には雰囲気が変わった。まるで分別と現実主義が最後に打ち勝ったかのようである。北京側の遠慮の意向を示すものとして、中国の指導者は今年の12月13日の感動的な南京
(事件)記念式典への参加を見合わせた。そして、東京側でも、福田康夫新総理(父の赳夫は中国との和解の功労者)が日中首脳会談の準備に追われている。会談により2008年にはアジアの2大経済大国の関係促進が永続的なものとなるであろう。

記憶する義務

「中国人は自分たちの過去に非常に気を配っているが、そこに矛盾はない。中国の指導者には今日、優先すべきことがほかにある」シンガポール
(国立)大東アジア研究所所長のヤン・ターリー教授はそう見る。例えば、オリンピックのある月に、物価が上昇し、これに対する民衆の不満が爆発することを、防がなければならない。また、歴史がらみの欲求不満が他の欲求不満に対する抗議に変わる恐れがない、と誰が言えよう?日本人は、「火種を大きくしない方がよいと思っている。この火が消せないものになるかもしれず、やけどする危険があるからだ」とヤン教授は語る。

記憶する義務を果たすというドイツが成功した課題に、なぜ日本は失敗しているのであろうか?冷戦と日米同盟の結果、東京は中華人民共和国に対して態度を改めるよう求められることがなかった。一方、ドイツ人はヨーロッパに溶け込む必要があった。東京にあるテンプル大学現代日本研究所の所長を務めるロバート・デュジャリック教授は、日本人による残虐行為が国外で行われたという事実も指摘する。「日本人に皇軍の犯罪を思い出させるダッハウ
(強制収容所)もブーヘンヴァルト(強制収容所)も、国内にはない」。また、もっと誇れる、もう1つの日本があったことを教えてくれる日本人ヴィリー・ブラントやフォン・シュタウフェンベルク伯爵もいない、と同教授は言う。それぞれの重荷を背負って、日中は真実の道をめざして、まだもう少し歩みを進めなければならない。

前半で、「世界中」で今、準備中の「10本近い」南京事件関係の映画の1本として、「南京の真実」に触れています。ほかに言及されているのは、米国のドキュメンタリー「南京」とアイリス・チャンを主人公とするカナダの「アイリス・チャン ザ・レイプ・オブ・南京」の2本だけです。ちなみに、この2本はいずれも、すでに完成しており、公開もされています。、「南京の真実」は「南京大虐殺が『虚構』であることを明らかにしようと」する映画、水島監督は「極右」と表現されています。

その後、話題は南京事件をめぐる日中間の認識の隔たりに移ります。その中で、事件の犠牲者数を「3万と推計するか?30万とするか?」という問いが示されます。かつてAFPの取材に、南京事件は「まったく無いと思っている」と語った水島監督にとっては、前者の「3万人」さえ受け入れられない数字でしょう。そんな水島監督が採るような「否定論」は、「政府の路線でない」とも記されています。

記憶する義務」という見出しが付いた節に入るとまず、シンガポール国立大学のヤン・ターリー教授のコメントが紹介されます。教授によれば、日本人は対中関係で「火種を大きくしない方がよいと思っている」とされます。こうした文章の流れで見ていくと、、「南京の真実」という映画は、南京事件の犠牲者数を小さく見積もるだけでなく、事件そのものを「虚構」と主張して、中国との間で「消せないものになるかもしれ」ない火をかき立てようとする危険な動きとして、捉えられているようです。

最後は、フランスの隣国ドイツと比較して、日本はなぜ「記憶する義務」を果たせないかという問いが立てられます。理由の1つとして、テンプル大学現代日本研究所のロバート・デュジャリック所長が、「日本人ヴィリー・ブラントやフォン・シュタウフェンベルク伯爵」がいないから、と指摘します。この2人の名前になじみのない人のために説明すると、ヴィリー・ブラントは旧西ドイツ首相で、1970年にワルシャワ・ゲットー蜂起の記念碑の前で、ひざまずいて謝罪したことで有名です。このときの行動がドイツとポーランドの和解に貢献したといわれます。もう1人のフォン・シュタウフェンベルク伯爵は第2次大戦中のドイツ軍将校。ヒトラー暗殺を企てたが、失敗し、処刑されました。ブラントの代わりに日本にいるのが、中ほどで、靖国神社参拝により「中国人、韓国人の憤慨を買った」とされる小泉元首相といったところでしょうか。

ところで、途中、チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』が「初めて大虐殺の情報を余すところなく集めた」「参考書」と呼ばれています。南京事件をめぐって、すでに1970年代から論争を経験し、資料集も出版されている日本から見れば、これは、いい過ぎといえるでしょう。しかし、この本は文中にあるように、昨年末にフランス語版も出版されており、とにかく欧米では画期的な本として高い評価を受けていることは確かです。