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2007/12/23

中国のシンドラー、テレビに(Frankfurter Allgemeine Zeitung 07/12/13)

今回は、12月13日にドイツの保守系の新聞Frankfurter Allgemeine Zeitung(略してFAZとも)に発表された記事を紹介します。

http://www.faz.net/s/Rub475F682E3FC24868A8A5276D4FB916D7/Doc~E3B3723A267354409A6989A4D9D0AC2CA~ATpl~Ecommon~Scontent.html

13日の記念日に合わせて、製作中の独・中合作映画「ジョン・ラーベ」を紹介する記事です。途中、「南京の真実」のことにも簡単に触れています。

何十万人もの女性や子どもが殺戮、強姦され、通りには死体の山、生首もさらされ、家々は空襲で焼かれた――1937年12月13日から始まった「南京大虐殺」は、中国人の意識に刻み込まれている。この事件が今日に到るまで、かつての敵国、日本との関係に悪影響を及ぼしている。70年前、日本軍が当時の中国の首都、南京で、主として一般市民、約30万人を殺害した。

揚子江岸のこの都市が、それ以上の被害を受けなかったのは、あるドイツ人および、その協力者たちの勇気による。当時のジーメンス社の支社長ジョン・ラーベは自社の敷地および周辺に国際安全区を設置した。そこには一時、20万人を超える中国人が避難していた。この生粋のハンブルク人の自宅には、600人の難民がひしめいていた。何度もラーベは、日本とナチ政権との同盟を思い起こさせて、日本人が安全区に進入するのを食い止めた。

史上最大級のドイツ映画

「これは、偉大だが、ほとんど知られていない物語だ。語られなければならない題材で、映画化すべきものだ」とダニエル・ブリュールは言う。300人からなるドイツ・中国合作映画の製作陣に、この俳優は参加している。彼らによって、この忘れられた物語がよみがえるであろう。それは第2の「シンドラーのリスト」になるかもしれない。オスカー・シンドラー同様、ラーベもナチ党員だった。シンドラーがポーランドで数千人のユダヤ人をホロコーストから守ったのに対して、ラーベは一市民として模範的なまでの勇気を示し、機転を働かせて、中国人を日本軍の手から救った。当時、55才のラーベは日記に次のように記している。「人は誰でも、まっとうな人間でいたい。私も結局、従業員を家族もろとも見殺しにできない。分かりきったことではないか。」

ラーベの物語をもとに、アカデミー賞を受賞した監督、脚本家のフローリアン・ガレンベルガーが、史上最大級のドイツ映画を今まさに撮影している。出演は、ウルリッヒ・トゥクール、ゴットフリート・ヨーン、ダグマー・マンツェル。スティーヴ・ブシェミやアンヌ・コンシニといった国際的なスターも参加し、アジアの俳優たちも共演する。映画は来年冬に劇場およびテレビで公開される予定。ZDFとアメリカのケーブルテレビ局HBOが共同で、「ジョン・ラーベ 真実の物語」を製作している。

ドイツ人が休暇取り、手伝う

飛行場跡を利用して、ジーメンス社の工場の場面が撮影されている。発電所に改造された格納庫の上に、鉤十字(ハーケンクロイツ)の旗が翻り、窓穴はすすで黒ずみ、塀には、墜落した日本の戦闘機が突き刺さっている。1700万ユーロの予算を得て、余儀なく上海でフローリアン・ガレンベルガーは撮影を進めている。彼は、できるだけ南京での撮影を望んでいた。「しかし、町の大部分は大虐殺で破壊されてしまったので、南京にもはや1937年の中国は残っていない。上海での撮影はなお難しい。というのも、この町は過去を容赦なく葬り去ってしまったからだ。」

そこで、かつてのフランス系の学校の講堂が豪華な舞踏場に姿を変え、1軒のホテルがドイツ大使館になった。何百人ものエキストラがそれらのロケセットを生気で満たす。上海在住のドイツ人実業家、技術者、銀行員が休暇を取って、手伝いに来ている。現地のアマチュア俳優たちは光栄に思っている。「我々中国人をこのように助けた」ドイツ人がいたことに「たいへん感動した。この映画に出演できて、感謝している」とあるエキストラは語る。

ガレンベルガー「大事なことは映画を撮ること」

映画の完成に向けて、スタッフは大きな障害を克服しなければならない。中国人エキストラの中で英語が話せる人は、ほとんどいない。「はい」「いいえ」「やめ」がいちいち翻訳される。製作が長引いているが、理由はそれだけでない。撮影許可を得るため、プロデューサーたちは粘り強く交渉を続けた。その上、北京の検閲官の許可を得るまで、ガレンベルガーは脚本を何度も書き直さなければならなかった。例えば、中国版では蒋介石を毛
(沢東)のライバルとして登場させてはならない。国際版には蒋介石も登場する。

プレミア上映の予定日を大虐殺70周年の記念日に合わせることはできなかった。大事なことは、とにかく映画を撮ることだ、とガレンベルガーは言う。「要するに、ラーベはそれだけたくさん良いことをしたということだ。」上海の俳優、林棟甫(リン・トンフー)はそう強調する。蒋介石総統を演じた彼は、中国向きでない自分の短い出番を、ひょっとしたらハンブルク訪問の折に目にするかもしれない。林はウド・リンデンベルクの親しい友人である。

日本は公式に記憶の再生拒む

中国が大虐殺の記憶を忘れていないのに対し、日本は公式に、これを甦らせることを拒んでいる。東中野修道をはじめとする歴史家は大規模な蛮行を断固として否定する。彼
(東中野)の著作をもとにした水島総監督の「南京の真実」がちょうど撮影を終えたところである。映画は、日本の戦犯にかけられた容疑を、今になって晴らそうとしている。

馬雲仙は大虐殺のことをよく覚えている。彼女は7才で、「日本の鬼」がやって来るのを体験した。この女性が震えながら、振り返る。「彼らが来たらすぐ、安全区へ駆け込んだ。ジョン・ラーベが私たち中国人を守っていた。南京の老人は皆、知っていることだ。」

大虐殺の記念日に向け、
(南京)市は記念館を改築した。世界中の歴史家が開館式に訪れると発表している。ジョン・ラーベの旧宅は現在、博物館になっている。2003年には、そこでヨハネス・ラウ大統領が、この南京のドイツ人の功績を顕彰した。

ゲシュタポの尋問受け、貧困のうちに死亡

このような栄誉をジョン・ラーベが生前に受けることはできなかった。その勇気がむしろ仇となった。彼はヒトラーに繰り返し電報や手紙を送った。「神よ、ヒトラー総統さえ力をお貸しくだされば」とラーベは書き留めている。ほぼ30年間を中国で過ごした彼は、
(ヒトラーの)権力掌握を遠方から眺めており、ヒトラーのことを庶民的で、思いやりのある政治家だと誤解していた。想像していた人道主義的運動への熱狂から、ラーベは1934年にナチ党に入った。「ヒトラー総統は自国民だけでなく、中国の苦しみにも深く心を痛めてくださるだろう」とラーベは日記に記している。この日記が今回の映画の脚本の土台となっている。1997年に出版された日記の編者で、テレビ番組司会者ウルリッヒ・ヴィッケルトの父でもあるエルヴィン・ヴィッケルトは、若い頃に交換留学生として中国に渡ったときに、ラーベと知り合いになり、その生涯について解説を書いている。

ラーベの党籍は何の役にも立たなかった。ヒトラーへの上申書のためにゲシュタポ(秘密警察)から尋問を受け、さげすまれ、終戦後まもなく、貧困のうちに死んだ。彼の役を演じるウルリッヒ・トゥクールは、英雄的な人物像をまったく思い描くことができない。トゥクールは語る。「彼はどちらかといえば、普通の人間で、今でいえば、一介の発電所所長だ。突然、歴史により役割を振られ、大役を演じることになっていく。数十万人の人々の命の恩人だが、ドイツに戻ると、すべてを失い、ベルリンで完全に無名のまま死ぬ。これが実際の物語だ。」

南京の真実」の話題は、「日本は公式に記憶の再生拒む」という小見出しが付いた節で、取り上げられています。この映画に対する評価をうかがわせる文句は、ほとんど見られません。「歴史家」東中野修道教授の「著作をもとにした」映画とされていますが、同教授をはじめとして、「大規模な蛮行を断固として否定する」「歴史家」が日本でどのような地位を占めているかは、書かれていません。ただ、「南京の真実」や東中野教授への言及の直前に、「日本は公式に、これ(南京大虐殺の記憶)を甦らせることを拒んでいる」という文が見られます。こうした文脈から見て、映画は日本の「公式」の立場にある程度、沿ったものとして受け取られているのかもしれません。とはいえ、大虐殺の記憶の再生を拒むことと、大虐殺の事実そのものを否定することとの間には、まだいくらかの隔たりがありますが。

南京の真実」の趣旨である、南京大虐殺はなかったという主張に対して、この記事は賛成の余地を残していません。記事の冒頭で「70年前、日本軍が当時の中国の首都、南京で、主として一般市民、約30万人を殺害した」と断言しているからです。これまでにこのブログで紹介した主に英米の報道が、虐殺の犠牲者数として複数の推計を併記していたのと対照的に、ここではほぼ断定的に1つの数字が示されています。大虐殺があったと認める日本や他の国の研究者の間でも、30万人という推計に異論が出ているという事情は、おそらくドイツで余り知られていないのでしょう。

さて、記事の本題である映画「ジョン・ラーベ」の話題に移りましょう。脚本も手がけたフローリアン・ガレンベルガー監督は、「アカデミー賞を受賞した」と書かれているとおり、ミュンヘン・テレビ映画大学の卒業制作である「Quiero Ser(こうでありたい)」で2001年に短編実写映画賞を受賞しています。ドイツ映画界で将来を嘱望される新進監督といってよいでしょう。

映画の公開については、「来年冬に劇場およびテレビで公開予定」とされています。製作会社のサイトによると、2008年2月から劇場公開となっていますが、ほかに2008年末の公開とする情報も見られます。「劇場およびテレビで公開」とありますが、仮にその2つの形で同時公開されるとすると、異例のことになるでしょう。ドイツと中国で公開の時期や形態が異なるということも、予想されます。 いずれにしても、記事の見出しが「テレビに」となっていて、劇場公開よりテレビ放映に重点を置くかのような扱い方は、理解し難いものがあります。

ガレンベルガー監督の映画と別に、ZDFとHBOが「ジョン・ラーベ 真実の物語」を製作しているとも書かれていますが、詳細は不明です。

記事はまた、映画の話に留まらず、ジョン・ラーベの半生も伝えるものになっています。その中で、彼がナチ党員であったという事実も、指摘しています。このいわば偉人伝の中の汚点も、長くドイツを離れていたために、ヒトラーやナチを誤解していたとして、しっかり弁護が加えられています。とはいえ、記事はいたずらにラーベを英雄視するのでなく、むしろ彼を「普通の人間」とする俳優ウルリッヒ・トゥクールのコメントで結ばれているのが、印象的です。