2011/07/10
映画「南京!南京!」上映のお知らせ
上映会実行委員会のサイト:
http://jijitu.com/filmfestival2011/
当日は陸監督が来日してトークショーが開かれるとのことで、映画に興味がある方には格好の機会となるでしょう。
2010/03/18
「南京映画祭」開催のお知らせ
去年12月に東京であった「南京・史実を守る映画祭」と同様の催しが「南京映画祭」と題して大阪で開かれるとの報道が今日の毎日新聞・大阪版にありましたので、お知らせします。
http://mainichi.jp/area/osaka/news/20100318ddlk27040339000c.html記事によると、会場は大阪市のエルおおさか南館ホールで、3月21日(日)午後1時開場、上映されるのは「南京NANKING」、「南京 引き裂かれた記憶」、「アイリス・チャン THE RAPE OF NANKING」に中国のテレビ局が製作したドキュメンタリーを加えた4本とのことです。
「南京の真実」の方は年明け(1月9日)にスタッフブログに更新があり、第2部は「現在のところ、完成時期は今年春頃を目指して」 いると書かれています。
http://www.nankinnoshinjitsu.com/blog/2010/01/_h2219.htmlしかし、その後、完成に近付いたという話は聞かず、「春頃」の完成は難しいものと思われます。
2009/11/14
「南京・史実を守る映画祭」開催のお知らせ
先日、このブログで取り上げたドキュメンタリー映画「南京 引き裂かれた記憶」(武田倫和監督)の公開が今日11月14日に東京渋谷の映画館UPLINK Xで始まりました(12月4日まで)。この映画にさらに「チルドレン・オブ・ホァンシー 遥かなる希望の道」(ロジャー・スポティスウッド監督)、「アイリス・チャン」(ビル・スパヒック、アン・ピック監督)、「Nanking」(ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン監督)を加えた計4本の、いずれもすでにこのブログで触れた作品を一堂に集めて上映する「南京・史実を守る映画祭」という催しが12月13日(日)に東京の世田谷区民会館大ホールで開かれるとの情報を耳にしました。上映時間や料金などの詳しい情報は映画祭のホームページをご覧ください。
南京・史実を守る映画祭 2009http://jijitu.com/filmfestival2009/
水島監督の言う「情報戦争」の勝敗を考える上で、メディアの報道の仕方は重要な要因ではありますが、やはり最終的には皆さんが映画を見比べて、自分の目で判断するのが一番だと思います。そうした見方に立つと、南京事件関係の映画が1度に4本も見られる今回の催しは貴重な機会といえるでしょう。
さて、このブログの最大の関心事である「南京の真実」にも新しい動きがありました。11月11日付でスタッフブログに更新がありました。
http://www.nankinnoshinjitsu.com/blog/2009/11/_h21111.html
これによると、第2部は「現在のところ、来年初め頃の完成を目指しており、春以降に公開となる予定」だそうです。 手持ちの過去の報道がもう切れてしまったので、第2部の完成・公開とそれに伴う海外メディアの報道が待たれるところです。
2009/10/06
ハリウッド南京の古傷開く(Times 07/07/01)
夏が終わり、「今夏以降」と言っていた「南京の真実」第2部の完成予定は「今秋以降」に変わってしまいました。その一方で、ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン両監督のドキュメンタリー映画「南京」の上映会が福岡県大牟田市で開かれるとの情報がありました。
http://www.omuta-bunka-kaikan.or.jp/yo-10.htm場所は大牟田文化会館小ホール、10月31日(土)午後1時開場、前売券500円とのことです。
さて、今日はそのドキュメンタリー映画「南京」を主として取り上げたイギリスのTimes紙の記事を紹介します。
日付はTimes Onlineによると、2007年6月1日となっていますが、内容から見て、7月1日の誤りと考えられます。
あるアメリカの新作映画が今週、中国で公開されれば、日中間は長く、暑い夏を迎えることになるだろう。その映画は、1937年に日本軍が中国人兵士および一般市民を殺害した南京大虐殺を題材とする。
この映画を中国で上映するという決定によって――今年、中国国内での上映を許可された数少ない外国映画の1本になるだろう――、ハリウッドはアジアで最も熾烈な歴史論争に巻き込まれる。
中国人の反応は波乱含みで、北京と東京の外交官は気をもんでいる。両国の外交官は隣国間でのナショナリストの衝突を抑えようと努めている。
「火遊びをしている」とある外交官は言う。戦時中の過去をめぐる興奮から、中国で一昨年(2005年)反日暴動が巻き起こった。
新作映画にはウディ・ハレルソンやマリエル・ヘミングウェイが出演。俳優による朗読と凄惨な記録映像を組み合わせ、少数の欧米人が中国人難民を日本兵による強姦や殺害から保護したいきさつを語る。
映画はアメリカのサンダンス映画祭で批評家の賞賛を博した。しかし、中国の観客は映画の劇的な点を楽しむよりも、これにより感情を高ぶらせることが予想される。
(南京)大虐殺をめぐっては、すべてが議論の的にされている。この事件は今なお敏感な問題になっている。というのも、民間の歴史家や戦犯裁判の証人によれば、大量の強姦や処刑の命令および隠蔽には日本の皇族が関わっているからだという。
日本の超国家主義者は彼ら独自の映画を制作すると宣言している。おそらく映画は事件を、残念ながらいき過ぎもあったものの、対テロリスト作戦として描くものになるだろう。
先月(2007年6月)には日本の100人の国会議員が、東京の公文書によれば、2万人の人々「しか」殺害されていないと発言して、中国人の怒りを買った。「中国はプロパガンダのために数字を水増ししている」とある議員は非難する。中国外交部は、今回の声明は「無知」をさらけ出すものだとした。同部の報道官は、30万人が死亡したと断言している。
中国の温家宝首相が訪日して協調と共同の経済発展を強調してから間もなく、今回の応酬となった。しかし、今月(7月)の日本の地方選挙(参議院議員選挙)や秋の(中国)共産党党大会を前に両国の政治家は愛国心の高ぶりを利用しようとしている。
中国はビル・グッテンタグ、ダン・スターマン両監督に映画の一部のロケ撮影を許可した。そうすることで、この映画の企画を公認する形となった。
南京大虐殺を第2次世界大戦の真の始まりとする見方もある。これにより、日本の中国侵略は総力戦となり、西洋が日本の残酷さに直面するきっかけとなったからである。それは枢軸国による最初の大規模な残虐行為であった。
日本は1931年以来、中国で戦闘を続けており、昭和天皇の大本営は蒋介石率いる中国軍に対する心理的な決定打として、中華民国の首都である南京の攻撃を計画した。
軍隊は天皇の叔父の朝香宮が指揮。12月8日に城壁に囲まれ、一般市民50万人を擁する、この町を包囲した。5日後に町は陥落した。
最近、昭和天皇の(戦争)責任の問題を検討した歴史学者のハーバート・ビックスは「南京『レイプ』の命令はなかった」と言う。「しかし、捕虜を取るなという内務規定は存在した」
ビックスによれば、町に残った22人の欧米人がぞっとしながら見ている前で、日本軍は「前代未聞にして無計画の放火、略奪、殺人、強姦の狂騒を続けた」という。
中島今朝吾中将麾下の第16師団は最初の1日で敗残兵と捕虜、約3万2300人を虐殺した。第9師団もこれに加わり、12月17日に中国人の少年・成年男性1万7000人を摘出し、処刑している。流血は3ヶ月間続いた。
映画では、外国人たちが犠牲者を救おうと奮闘する姿が描かれる。彼らは個人としての勇気と植民地時代に白人がもっていた声望だけを頼りに、国際安全区を設置した。
アジア石油会社に勤めるイギリス人P・H・マンロ=フォーレも自らの命を賭けて、暴れ回る兵士に立ち向かった1人。
彼ら(欧米人)の中には「善きナチ」といわれるドイツ人実業家ジョン・ラーベもいる。彼が残した証言を劇中、ユルゲン・プロフノウが朗読する。ハレルソンが米国人外科医ボブ・ウィルソンの言葉を朗読し、ヘミングウェイがアメリカ人の宣教師で教師のミニー・ヴォートリンを演じる。
戦後の東京裁判では、一般市民と捕虜20万人が南京で殺害されたとする数字が採用された。
連合国により前線の総司令官だった松井石根大将が絞首刑に処された。後の資料は、松井が部下に軍規回復を命じ、虐殺を止めようとしたことを示している。一部の人々は彼に下された有罪判決を誤審と見ている。
対照的に、南京で上官だった朝香宮は裁判にかけられることなく、大虐殺を否定した。彼は戦後、日本ゴルフ界の名士となった。
このような否定の歴史が中国の若者世代を刺激し続け、日本の世論を守勢に立たせている。先週の木曜日(6月28日)に日本の札幌高等裁判所が明らかにしたように、傷口はまだ開いたままである。
同裁判所は、戦中に北海道で強いられた鉱山および建設労働に対する補償を求める中国人42人の訴えを斥けた。裁判所は1972年の日中共同声明を引用して、中国は「日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」ことを宣言したとする。
南京の映画を見て劇場を出た中国人観客が、そうした外交上の細かな問題について考えることはないだろう。
冒頭、「あるアメリカの新作映画が今週、中国で公開されれば」と言っているのは、2007年7月3日に開かれた映画「南京」の北京プレミアに触れていると考えられます。 このことと、末尾に札幌高等裁判所の判決が出てくることが、記事の正しい日付を7月とする根拠です。ちなみに、北京でのプレミア上映会に関しては、Hollywood Reporterの報道が7月3日付であり、すでにこのブログでも取り上げています。
さて、ブログ本来の関心事である「南京の真実」に関する部分では、「おそらく映画は事件を、残念ながらいき過ぎもあったものの、対テロリスト作戦として描くものになるだろう」と映画の内容を予想しているところが興味深いです。
ほかに目立つのが、「中島今朝吾中将麾下の第16師団」などと新聞記事には例がないほど詳しく事件の細部に触れている点です。加えて、ハーバート・ビックスというピューリッツァー賞を受けたこともある歴史学者を登場させることで、読者が記事の内容に信用を置くようになっています。もっとも、南京攻略当時、陸軍中将だった朝香宮鳩彦の方が大将の松井石根よりも「上官」だったとするかのような書き方には誤解があると思われます。また、朝香宮が戦後、「大虐殺を否定した」と書かれていますが、これが何にもとづくのかも判然としません。こうした問題がビックス教授によるものかどうかは、記事を読む限りでは分かりません。
「南京の真実」との関連でもう1つ興味深いのは、 「後の資料は、松井が部下に軍規回復を命じ、虐殺を止めようとしたことを示している。一部の人々は彼に下された有罪判決を誤審と見ている」というように、松井に対して同情を示しているとも取れる書き方をしていることです。少なくとも、この点に限っていえば、「南京の真実」とも近い立場にあるといえるでしょう。しかし、この記事が松井に一定の同情を示す背景には、皇族の戦争責任に対する厳しいまなざしがあり、いってみれば、皇族の罪をかぶせられた犠牲者として松井を見ているというわけです。そうした皇族断罪論が「南京の真実」の主張と相容れるはずがないことは、言うまでもないでしょう。このように天皇を含む皇族の戦争責任を追及する態度は、イギリスの世論を反映したものと思われます。
2009/08/14
映画「南京」「アイリス・チャン」上映のお知らせ
http://qnet.nishinippon.co.jp/entertainment/cinema/news/20090813/20090813_0001.shtml
入場無料、映画には日本語翻訳が付くとのことです。
2009/07/25
映画「南京 引き裂かれた記憶」公開のお知らせ
「南京 引き裂かれた記憶」オフィシャルサイト
http://nanking-hikisakaretakioku.com/
さて、このブログの本題である「南京の真実」の話に移ります。製作しているチャンネル桜は第2部について「今年前半までの完成を目途に」していると発表していましたが、その後、完成は「今夏以降となってしまう模様」と変更したようです。当初の予定どおりであれば、今頃、第2部は完成していたのでしょうが、残念ながら、そうならず、完成と公開はもうしばらく待たなければならないようです。
2009/04/17
南京大虐殺映画ラッシュに日本人警戒(Times 07/12/06)
前回の投稿で海外メディアからほとんど“無視”されてしまったと書いた「南京の真実」ですが、完全に無視されているわけではないようです。というのも、韓国の電子英字紙The Seoul Timesが先週の水曜日8日にこの映画に触れた論説を発表したからです。
http://theseoultimes.com/ST/?url=/ST/db/read.php?idx=8225電子新聞ということで、全文の紹介はしませんが、「石原の日本に2016年五輪開催させるな」という見出しで、2016年のオリンピック開催候補地である東京都の石原慎太郎知事を批判する内容になっています。具体的には1990年に『プレイボーイ』誌のインタビューで南京事件を「中国人が作り上げたお話」と発言したこと、2001年『週刊女性』誌で閉経後の女性が生きているのは「無駄で罪」と語ったこと、そして、有名な「三国人」発言などを取り上げて、石原都知事を「反韓・反中感情を植え付ける危険な一匹狼」、「露骨な歴史修正主義者」、「ナショナリスト」としています。
そうした脈絡の中で都知事を攻撃する材料の1つとして、「南京大虐殺を誤った歴史(観)にもとづく中国のプロパガンダと主張する映画」「南京の真実」に賛同していることを挙げています。「歴史修正主義者」や「ナショナリスト」といった上に引用した石原都知事を評する言葉は、これまでにも「南京の真実」関係者を形容するために、たびたび用いられてきたものです。これまで欧米メディアの記事を紹介してきましたが、今回の論説で、韓国メディアもこの映画に対して否定的な眼差しを向けていることが明らかになったといえるでしょう。もっとも、韓国のメディアといっても、英字紙なので、読者は欧米メディアのそれとある程度、重なっているでしょう。また、これ一件で一国のメディアの論調を語るわけにもいきませんが。
さて、今回の本題としては、一昨年(2007年)12月6日付のイギリスのTimes紙の記事を試訳を添えて紹介します。
南京事件70周年を控えた時期に発表されたものの、これまで見落としていました。
戦時下の人間がどれほど邪悪になるかを描いた映画に興味があるなら、日本による南京での大虐殺から70周年の今年(2007年)は映画的になかなかの豊作だろう。
1937年12月に大日本帝国軍が中国東中部の港町、南京を苛烈に占領したことを記念して、10本を下らない映画が制作されている。そんな突然の制作ブームを多くの日本人は国際的な日本叩きの高揚と見ている。米国や中国製作の映画を含む大多数は、15万から20万人の中国人が虐殺され、何万人もの女性が強姦されたとする広く受け入れられた見方に従っている。それらの映画の中、日本製作の「南京の真実」と題するものだけは異議を唱えて、死者はなかったとする。
水島総の映画に見られる大虐殺を否定する、こうした立場は、この監督独自のものではない。そして、このことが実は、中国人やアメリカ人がこれほどの熱をもって映画を制作する理由になっている。水島は、しっかりした史的証拠があるにもかかわらず、1937年の恐るべき事件はまったくなかったと信じる日本人グループの1人である。
南京(事件)否定論者は、そうした事件は中国が考え出したプロパガンダで、暗憺たる当時から今日まで長年、日本を責めるための道具にされてきたと主張する。これは、熱狂的な右翼が支持する見方である。彼ら右翼は「街宣車」から耳をつんざく大音量で超国家主義的な音楽を流して、東京を回っている。
しかし、多くの日本人を困惑させるのは、社会の主流に属する人々の間に見られる否定論である。
この出来事をどのように(また、どの)学校教科書で教えるかという問題は長年、政治的な火種になっていた。今年すでに与党自由民主党の国会議員100人が連盟を結成。南京大虐殺を完全な捏造として非難し、誰も殺害されなかったという彼らの「絶対の確信」を宣伝している。
「南京の真実」を主に、これだけ題名入りで取り上げています。第1部「七人の『死刑囚』」がまだ完成していなかったということもあって、映画そのものに対する評価は示されていません。しかし、南京事件(記者のいう「広く受け入れられた見方」に従えば、「15万から20万人の中国人が虐殺され、何万人もの女性が強姦された」事件) をなかったとする映画の趣旨に対しては、批判的な態度を示しています。それは、水島監督の主張を紹介する中で、「しっかりした史的証拠があるにもかかわらず」という文句を入れていることから分かります。
水島監督や映画の主張を一言でいえば、南京事件「否定論」となりますが、この「否定論」が「街宣車」を使って活動する「右翼」団体と一部の(しかし「与党」の)「国会議員」によって支持されていると書かれています。記事ははっきりした言葉で書いていませんが、文脈からは、前者の「右翼」団体と映画との関係を暗に示唆しているような印象を受けます。しかし、実際は、映画の賛同者に少なからぬ政治家が混じっていることからも明らかなように、むしろ、後者の「国会議員」との関係が強いと思われます。
ちなみに、最後に取り上げられている「自由民主党の国会議員100人」による「連盟」は、2007年6月19日に「総括記者会見」を開いた「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の「南京問題小委員会」を指すと考えられます。本当に「100人」もの議員が加わっていたかどうかは、分かりませんが。
冒頭の方で、一連の南京事件関係映画の制作に「多く」の日本人が「国際的な日本叩きの高揚」を見ているとありますが、自分の実感では、とてもそうは思えません。それらの映画制作について知っている日本人自体、そんなに「多く」ないような気がします。また、記事は一連の映画制作の理由を日本における「否定論」の存在に帰しています。しかし、海外で「否定論」が映画人を動かすほどの影響力を(良くも悪くも)もっているとも思えません。
2009/04/03
「南京」残忍さと勇気の物語(Star Tribune 08/01/31)
4月になりました。昨日2日からドイツでフローリアン・ガレンベルガー監督の「ジョン・ラーベ」が公開。さらに、陸川(ルー・チューアン)監督の「南京!南京!」が22日から中国で公開されるとのことで、この2本を扱った報道が海外で続いています。しかし、以前は南京事件関係の映画の話題になれば、ついでに触れられていた「南京の真実」への言及が、今回は見当たりません。「ジョン・ラーベ」を取り上げた報道が多く、すべてに当たる余裕がないので、もしかしたら見過ごしているのかもしれません。しかし、「南京の真実」という題名や水島監督の名前を含む英・独・仏語の報道は、このところ皆無のようです。
そんな事情から、今回は昨年1月31日付の映画評を紹介します。米国ミネソタ州の地方紙Star Tribuneに載ったもので、ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン両監督のドキュメンタリー映画「南京」を取り上げています。その翌日の2月1日から映画がミネアポリスの劇場で公開されるのを機に、発表されたもののようです。
この中に水島監督とその映画に対する言及が見られますが、恥ずかしながら、そのことに気付いたのが遅れたため、こうして1年以上たってからの紹介となりました。参考に全文を訳出します。
1937年、当時の中国の首都、南京に侵入した日本軍が約20万人の非戦闘員を虐殺した。その証拠が第2次大戦が終わったとき、連合国の検事によって明らかにされた。平服に着替えて逃亡する敗残兵狩りという口実の下に始まった中国人男性の大量殺害は、やがて欲しいままの略奪、性的暴行、殺人となっていった。この事件は今日、南京レイプとして知られる。
近代史上、最も血なまぐさい大虐殺の1つである、この殺戮の生存者たちは今、歴史からの抹消に直面している。あの蛮行から70周年に当たる昨年(2007年)、日本の水島総監督が残虐行為を否定する修正主義的なドキュメンタリー映画を制作した。水島によると、「絶対の真実がある。それは、大虐殺がなかったということ。子どもたちには、日本が野蛮な国だと思って成長して欲しくない」という。同監督の企画にはナショナリストの国会議員、学者、放送人が支持を寄せている。
幸い、この町の攻囲を目撃した欧米人の報告によって、事件が実際にどれほど無残なものだったか記録に残されている。これが、ビル・グッテンタグ(短編ドキュメンタリー「ツイン・タワーズ」でアカデミー賞受賞)、ダン・スターマン両監督の力強いドキュメンタリー映画「南京」が語る物語である。
年代物のニュース映画によって(日本軍の)侵入以前の美しい、公園のような南京の姿を見ることができる。そこには多数の欧米人が住み、活動していた。記録映像はまた、陸戦隊の到来に備えて日本が町を爆撃する様子も写し出す。逃げる余裕のある中国人は去っていき、在留の外国人は避難を命じられた。中国人の友人、隣人が危険の中に取り残されるのを見て、22人の欧米人が自分の安全を求めず、勇敢にも町に残ることにした。その中には、イリノイ州出身の宣教師で教員のミニー・ヴォートリン、中国生まれのアメリカ人外科医ボブ・ウィルソン、良心的なドイツ人実業家で、中国のオスカー・シンドラーと呼ばれることになるジョン・ラーベといった人々がいる。2平方マイルの「安全区」の中、彼らは結束して20万人もの中国人を保護した。彼ら欧米人はまた虐殺を撮影し、そのぞっとするフィルムを密かに持ち出してもいる。その映像は映画の中で年老いた中国人生存者のインタビューに交じって引用される。
このような欧米人目撃者の日記や手紙の一部をウディ・ハレルソン、ユルゲン・プロフノウ、スティーブン・ドーフ、マリエル・ヘミングウェイといった俳優が朗読する。そうしてカメラを前に朗読することで、歴史を、通常の画面外のナレーションでは決してできないほど、生き生きしたものにしている。身辺の残虐行為には勇敢な態度を示しながら、第3帝国の真の性格を見逃していたラーベ役のプロフノウは、困惑するほど複雑な人物を演じている。目の当たりにした恐怖に取りつかれるヴォートリンの姿――彼女は何千人もの人命を救ったものの、自分では失敗したと思っていた――を表現するヘミングウェイの演技からは、謙遜がときに傷つきやすさになりうることを知る。英雄とは恐れずに行動するのでなく、むしろ、恐れにかかわらず行動する者であるという格言を彼女は証明している。「南京」は暗欝だが、最終的には人を前向きにする。危機に瀕していても野蛮に抗する勇敢な個人がいることを教えてくれるからである。
評の対象で、このブログでも何度も取り上げた「南京」ですが、昨年末から日本国内の市民集会の中で何度か上映されているようです。
一読すれば分かるとおり、「南京」に対する評価は肯定的で、その意義を裏付ける、いわば、引き立て役として、「南京の真実」が登場します。途中に引用されている水島監督の言葉は、「第一部撮影完了報告大会」の席上のもので、2007年12月14日付のReutersの記事からほとんどそのまま引用しています。映画の内容に立ち入ったことは何も書かれておらず、この映画に対する冷やかな態度も含めて、他のメディアの報道をそのまま踏襲したものといえるでしょう。
このように一昨年から昨年初めにかけて海外メディアから“白眼視”されてきた「南京の真実」は今や、それを通り越して、ほとんど“無視”されるに到ってしまいました。今年前半の完成を目指すという第2部によって、こうした事態が打開されるのでしょうか。水島監督のいう「情報戦争」の行方をこれからも見守りたいと思います。
2009/01/24
「南京の真実」日本の戦争に新たな見方(Irish Times 08/11/12)
ずいぶん更新を怠ってしまいました。言い訳をすると、去年(2008年)に入って「南京の真実」に関する報道がめっきり減ったからです。とくに春以降はほとんど全滅といったありさまでした。すでに南京事件70周年が過ぎてしまったこと、第1部「七人の『死刑囚』」が全国規模で劇場公開されて物議をかもすまでに到らなかったこと、外国の関係作品も制作が進捗せず、当初予想されたほど多くの映画が一斉に完成・公開されなかったことが理由として考えられます。
そうした状況が秋に少し改善されました。まず10月14日にロサンゼルスで「七人の『死刑囚』」の試写会が開れたそうです。
水島監督の報告記に「日系新聞『サン』とロスの学生新聞の中国系記者から取材を受けた」とあります。このうち後者の記事をインターネット上で見つけました。
http://www.dailytitan.com/1.850368さらに11月7日から1週間、ロサンゼルスの映画館で英語字幕版が上映されました。その初日に合わせて東京で「プレス試写会」が開かれました。今回取り上げるのは、その試写会に参加した記者によるアイルランドのIrish Times紙の記事です。
http://www.irishtimes.com/newspaper/world/2008/1112/1226408552500.html第2次世界大戦において日本は侵略者でなく、被害者だった。この国の最もひどい戦争犯罪はすべて敵がでっち上げた嘘で、指導者たちは国を破滅から救うために死んだキリストのような人物だった。
こんな『不思議の国のアリス』のような歴史観が大スクリーンで上映された。1937―38年の日本軍による中国の古都攻略を扱った低予算映画「南京の真実」が現在、英語字幕入りでロサンゼルスのとある映画館で上映されている。映画はヨーロッパでも公開される予定。東京駐在の外国人記者が今週開かれた試写会に招かれた。
修正主義者による3部作の1本となる予定のこの映画は「祖国のために犠牲となった7人の立派な殉国者」に対する献辞で始まる。映画公開に伴い発行された理解に苦しむ英語版パンフレットには、彼らの「雄々しさ、愛、苦しみは絞首台の露と消えた」と書かれている。
Irish Timesの読者が驚かないよういっておくが、「殉国者」とはもちろん、戦時中の首相、東條英機らのこと。彼らの画策により日本はアジアを蹂躙して破滅を招き、ちょうど60年前に米国の占領軍に処刑された。
彼らがスクリーンに登場すると決まって、高らかに音楽が鳴る。そして、彼らが外国の帝国主義者を追い払い、アジアに平和をもたらしたい一心で行動していたことを説明する場面では、クローズアップが長々と続く。
日本が戦争中に果たした役割について一般に受け容れられている知見を覆そうとする映画は、「南京(の真実)」が最初というわけではない。東條をあからさまに同情的に描いた伝記映画「プライド 運命の瞬間」が10年前に公開されると、中国と韓国で予想どおりに憤慨を呼んだ。しかし、大成功を収めた「プライド」と違って、「南京(の真実)」の興行成績は問題になっていない。私は上映会に出席した数少ないジャーナリストの1人である。
では、日本の歴史修正主義運動の終焉を告げるべき時が来たのだろうか?否、そう結論するのはまだ早い。映画館の客席が空いている理由は単純である。「南京(の真実)」を見ると、バター抜きでトーストを食べるように、うんざりした気分にさせられるからである。
処刑の場面が2時間ある上映時間の半分以上を占める。そして映画の中で芸術性を担う貧弱な粥は大部分、温め直した古典からの引用と辞世の歌からなる。
日本が政治的な常識から外れて騒ぎを招く傾向があることを理解するためには、最近の航空自衛隊幕僚長が更迭された顛末を見る方がずっといい。
田母神俊雄空将は賞を受けた論文の中で、「南京(の真実)」の監督、水島総とほとんど同じ意見を述べた。この論文により彼は10月31日に降格された。田母神は、日本が戦時中、侵略国家だったというのは「濡れ衣」だとし、「正しい」歴史「認識」を呼びかけた。
彼によれば、「日本が実施してきたことは素晴らしい」。戦争を戦っていなければ、日本は「現在のような人種平等の世界」を見ることはできなかっただろうという。
これは些細な問題ではない。ピュリッツァー賞を受賞した歴史家のハーバート・ビックスが今週、指摘したように、「田母神は、日本の植民地支配は人道的かつ合法的であり、第2次世界大戦で日本の行動は侵略でなかったと主張するが、この主張は憲法の精神に反し、戦前・戦中に日本が侵略した国々に謝罪するという政府見解を否定することになる」
日本が近隣のアジア諸国との関係を再構築する土台となった政治構造全体がこうも見事に無視されるのを見た麻生太郎首相は、航空幕僚長をクビにせざるを得なかった。しかし、それからの田母神の反応が興味深い。これまで失脚した修正主義者の多くが舞台裏で静かにしていたのと違い、この空将は威勢よく表に出てきたのである。
昨日(11月11日)の参議院外交防衛委員会での証言で田母神は謝罪と6000万円の退職金返納を拒んだ……「私は論文に政府見解と違ったことを書いたとは思っていない」と述べた上で、米国の占領中にでき、60年がたつ「平和」憲法を日本は今、改正すべきだと付け加えた。
こうした意見が保守系の出版界やインターネットで人気を得ていることは明らかになっている。インターネットの世界で空将はすでに一種の日本版オリヴァー・ノースとしてブロガーの喝采を集めている。ノースは1980年代の米国で、言えないことを代弁してくれる民衆の英雄となったタカ派の論客。
世界のその他の部分では、この前例のない大胆不敵な挑戦の原因は何なのかが問題となる。答えは、田母神と同じ意見をもつ人々が彼を取り巻いているからである。そして、その人々の中に首相自身もいる。
修正主義的な政見を好み、有権者から見放された安倍晋三元首相の失墜後、麻生氏はそうした意見を公然と述べるような愚を冒さない。他の人々はそこまで慎重ではない。
中山成彬元文科相はチャンネル桜のウェブサイトで「南京(の真実)」の賛同者に名を連ねる有力政治家の1人である。チャンネル桜は映画を製作したインターネット放送局。
「日本は我々の方向に動きつつある」と水島監督は映画制作中に言っていた。彼の他の主張と違って、この部分は実は真実なのかもしれない。
記事を書いたのは、このブログですでにおなじみのデービッド・マクニール記者です。自ら「上映会に出席した数少ないジャーナリストの1人」と書いていますが、この映画に最も強い関心をもっている記者といっていいかもしれません。実際、この東京の試写会を報じた記事は自分の知る限り、これだけです。まだ映画の撮影中に辛辣な評を書いた彼がついに完成した作品を目にしたわけですが、おおかたの予想どおり、彼には理解できない映画に仕上がったようです。
途中「映画はヨーロッパでも公開される予定」とあるのは、12月21日にドイツのフランクフルトで開かれた試写会を指していると思われます。その試写会に関する報道は今のところ確認していません。
さて、記事の後半は10月末から11月にかけて世間を騒がせた田母神俊雄航空幕僚長の更迭問題を取り上げています。その中で田母神氏は水島監督と「ほとんど同じ意見を述べた」としています。実際、水島監督が経営するチャンネル桜は、同氏を擁護する内容の番組を制作しているので、2人の立場を「ほとんど同じ」とすることは妥当といえるでしょう。そんな2人に代表される「修正主義」的な歴史観は日本政府の公式見解に反すると記事は指摘します。
では、政府見解と異なるその意見は、奇矯な少数意見としてほとんど影響力をもたないかというと、そうではないといいます。記事によると、政治家とインターネットがそれを支えているそうです。そんな政治家の中に麻生首相も数えられています。しかし、首相をそのように捉える根拠は、この記事の中では明らかにされていません。また、中山成彬元文科相がチャンネル桜のサイトで「南京の真実」の「賛同者に名を連ね」ていると書かれていますが、実際にそうなっているところは確認できませんでした。
記事の最後にあるように、日本が少しずつであれ、着実に水島監督たちの「方向に動きつつある」のでしょうか。それとも、「修正主義」寄りの安倍元首相を「見放」した「有権者」がその動きを阻むのでしょうか。その辺りは意見の分かれるところでしょう。もっとも、安倍元首相の退陣を単に「修正主義」を忌避する民意の表れとする記者の見方が正しいかといわれると、疑問を感じてしまいます。
2008/04/29
新しい歴史、古い傷(Boston Globe 07/02/18)
4月も終わろうとしています。今月は主に放送メディアで「南京の真実」に関する言及が見られたようです。1つは、6日にオーストラリアの公共放送局ABCが日中戦争や太平洋戦争に対する日本人の見方を取り上げたラジオ番組を放送しました。
http://www.abc.net.au/rn/hindsight/features/historyundersiege/japan/default.htm番組では南京事件、「慰安婦」、広島、歴史教科書、憲法9条といった話題が扱われました。その中の南京事件を取り上げた部分にIndependentのデービッド・マクニール記者が出演し、自らの取材経験も踏まえて、「南京の真実」を中心に話をしています。上のリンク先で番組の録音を聴くこともできますし、それを文字に起こしたものを読むこともできます。
もう1つは、14日に衆議院講堂で国会議員向けにこの映画の試写会が開かれた、とする報道がTBSをはじめとする国内のテレビ局から流されました。
しかし、このブログの対象である海外の活字メディアの報道はなかったようです。そこで、今回はこれまで未消化だった過去の報道を紹介するということで、昨年2007年2月18日付の米国のBoston Globe紙の記事を取り上げることにします。
http://www.boston.com/news/globe/ideas/articles/2007/02/18/new_history_old_wounds/?page=1日本の『新しい歴史教科書』の序章は次のように始まる。「歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだと考えている人がおそらく多いだろう。しかし、必ずしもそうではない」
これは教科書の客観性に信頼を抱かせるような書き出しではない。『新しい歴史教科書』は右翼系の学者や政治からなる団体によって、中学生に自分たちの民族に対してもっと肯定的な感覚をもたせようとする明白な意図のもとに、2001年に発表された。この教科書は第2次世界大戦中の日本の侵略、特に中国への侵攻を西洋の帝国主義に対する反撃として描く。そして、1937年の南京占領後に日本軍が行った残虐行為(「南京レイプ」として知られる)を注におしやって、犠牲者数に疑問があるとさえ記している。
同書が海外における日本のイメージを損なうものであることは明らかとなった。現に『新しい歴史教科書』を読んだことのある日本の生徒よりも多数の中国の生徒がこの教科書のために暴動に加わったと思われる。実際にこの教科書を採択した日本の中学校は皆無に等しい(1万1000以上あるうち、わずか18校)。しかし、この教科書は文部科学省の検定に合格しており、中国はこのことに強い不快感を抱いている。
2005年にこの教科書が再び検定に合格したために、何週間にも及ぶ暴動が中国中で巻き起こった。何万人もの群衆が日本の企業や領事館を激しく破壊したのである。こうした抗議が日中関係を長期にわたって損なう障害となる恐れがあった。そのときすでに両国関係は日本の小泉純一郎前首相のナショナリズム的、親台湾的な態度のために緊張していた。彼は、日本の自衛隊がより大きな役割を果たすべきだと唱え、靖国神社に繰り返し参拝した。 この神社には何万人もの戦死者に交じって14人の「A級」戦犯の遺品が納められている。
小泉の後任者で、彼同様、ナショナリスト的だが、それほど露骨でない安倍晋三は両国関係の修復に努めている。興味深いことに、安倍がはっきり打ち出した施策の1つに、日中各10人の学者が相互に関心を寄せる問題について調査する合同研究会の開催がある。今年末の南京レイプ70周年を前に、両国で議論を呼んでいる歴史に対して共通の認識を見出すことで、遺恨を鎮める一助となることが望まれる。学者たちは(2006年)12月26-27日に北京で初会合を開いた。研究結果は2008年末までに公表される予定である。
地政学的に競合する野心を抱くアジアの2大国が眼鏡をかけた学者に波風を静めるよう頼むとは、儒教の学問尊重を示す証拠と見るべきだろう。この案には収穫が期待できそうだと思われる。研究会に参加する学者の1人である大阪大学の坂元一哉教授(歴史学)は電話インタビューで次のように語った。日本と中国の学究は日中関係史の大枠ではおおむね合意に達している。意見の違いは、どの問題が最も重要か、そして、それをどのように扱うべきかという点にある。
初会合で研究会は外交的な配慮から、実際にどの主題を研究するかという問題に立ち入るのは避けた。「これから検討する主題をどのように決めるかを話し合っただけ」と坂元は言う。主題の選択は次の3月の会合で行われる。
しかし、すでに意見の不一致が表面化している。例えば、坂元は戦争それ自体に関心があるわけではない。彼はむしろ戦争の清算や1970年代の国交回復のあり方に対する日中間の認識の違いを調査したがっている。
坂元が説明する。「戦後、中国は賠償を得る権利を手放した」。北京が賠償請求権を放棄するという条件で、日本は1972年に本土の中国(中華人民共和国)を承認した。それでも、この決定と1978年の日中平和友好条約にもかかわらず、「いまだに多くの中国人は、日本が戦争の償いを十分にしていないと思っている。大部分の日本人は、我々はもう十分したと思っている」という。
共同研究会で中国代表団の座長を務める中国社会科学院の歩平教授(歴史学)にとって、依然として鍵になるのは戦争である。中国の隔週刊誌『環球』1月16日号所載の小論で歩は、日本の歴史学者は彼の言う「脱構築的」な歴史に影響されていると記す。「脱構築的」な歴史とは、もっぱら「ミクロ」レベルの経験を問題にするような方法のことだという。日本の歴史学者は定説に疑念をはさむ懐疑的な方法をとることで、戦争の中で日本が演じた全体的な役割に対する非難をかわそうとしている、と歩は主張しているようである。「このような『脱構築的』な歴史によって、判断」つまり責任「という根本的な問題が見過ごされる傾向がある」と歩は記す。
南京大虐殺を取り上げてみよう。主な出来事については議論はない。1932年以来、日本は属国の満州国を支援した。1937年7月に日本軍が北京近郊で蒋介石の国民政府軍と衝突を起こすと、ただちに日本は全面的な中国侵攻を開始した。12月13日に日本は国民政府の首都、南京を戦闘を伴わずに占領。その後6週間にわたり日本兵は数万人――推計によっては数十万人――の一般市民を虐殺し、責めさいなみ、性的暴行を加えた。
中国公式の歴史では、この出来事は長らく軽い扱いしか受けてこなかった。中国はむしろ共産党の抗日運動に焦点を当てようとしていた。しかし、90年代に入り、中国の歴史記述がより民族主義(ナショナリズム)的になり、共産党志向が弱まるにつれて、南京大虐殺がもっと重視されるようになる。1997年に出版された中国系アメリカ人ジャーナリスト、アイリス・チャンの著書『ザ・レイプ・オブ・南京』は欧米人による記録を利用して、大虐殺を身の毛もよだつ個々人の体験として詳細に描き出した。同書はまた犠牲者数を30万人以上としている。この本は中国で売れたが、中国には、日本が東アジアで侵略戦争を行い、その兵士が、特に他のアジア人に対する人種的優越感から、大規模な残虐行為を行ったという通念がある。
日本のナショナリスト派はこのように語られる歴史を粉砕しようとしている。その言い分によれば、日本が満州に介入したのは、19世紀以来、この地に拡張を続けていたロシアに対抗するためであったという。目的は西洋の帝国主義者を東アジアから追放することであり、他のアジア人を抑圧することではない、と日本人は主張する。日本のナショナリストは、戦争の引き金となった衝突(盧溝橋事件)の原因は中国兵の側にあるとして、呆然とするような細部に立ち入っていく。さらに南京では、彼らによると、日本兵は地元住民に溶け込んだ国民党兵を掃討したのであり、一般市民に死者が出るのはやむをえなかったという。彼らはチャンのものやその他の反日的著作で誤って南京事件に帰されている若干の写真に難癖をつけ、実際の犠牲者数は4万か、それ以下だと主張する。
南京で殺害されたのは30万人の一般市民か4万人「だけ」なのかを議論することは、道義的に意味のあることではないだろう。いずれにせよ、明らかに日本兵は大規模な残虐行為を犯したのである。しかし、30万という(死亡者)数を採用したチャンが親中反日の論を著したということは、けっして偶然ではない。その著書は大虐殺を扇情的に扱い、日本人を型にはめているとして、多くの批評家から非難されている。他方で少ない(死亡者)数を支持する人々は日本の戦時中の振る舞いを擁護している。
大虐殺の言い訳をしようとする日本人はしばしば本題を離れて、80年代以降に日本が中国に与えた数10億ドルの経済援助に対して、中国人は感謝の意を表わしていないといった不平を口にする。ほかに、中国は天安門での自らの大虐殺を歴史の中で語ることを禁じている、と厳しく指摘する者もいる。その一方で、大虐殺をめぐり繰り返される中国側の告発にも、しばしば次のような非難が伴う。隠れた海洋問題で日本は中国の領域を侵しているとか、日本の自動車会社は中国の会社に対して不平等な競争をしている、といったように。
『新しい歴史教科書』を後押しするような日本の修正主義的、ナショナリスト的歴史家が非主流派であるということは、忘れてはならない。この国で広く売られている学校教科書は第2次大戦中の日本の軍国主義を鋭く咎め、中国人が望むほどはっきりした態度でではないだろうが、南京大虐殺があったことを認めている。昨年(2006年、実際は2005-2006年にまたがる)、日本の中道右派の日刊紙、読売新聞は1年間にわたり日本の戦争犯罪を検証した。「中国について」同紙は「そこでの行動が全体として侵略行為をなしていた事実を日本人は認めなければならない」としている(ただし、日本を「比類のない悪役」呼ばわりすることは「偏り過ぎ」とするが)。
こうした努力は、日中共同研究が歴史をめぐって両国に根強く残る憎悪を取り除く一助になるかもしれないという希望を抱かせる。雪解けのきざしは中国側にも見られる。元ラジオ番組司会者で、現在は人気ブログantiwave.netを主宰する平客とテレビ番組司会者の芮成鋼は最近、それぞれのブログでいき過ぎた日本嫌悪を攻撃している。
しかし他方では、日中、あるいは、それ以外の国で客観的な歴史が大衆規模で成り立ちえるという楽観を許さないきざしもある。今年は南京大虐殺に関する3本以上の映画が公開される。中国のプロデューサーは(チャンの著書をもとに)「ザ・レイプ・オブ・南京(紫金山)」を製作しており、今年末の完成を予定している。これに対して予想どおりの反撃として、日本のナショナリストの一団が1月末に独自の南京(事件)否定作品「南京の真実」を製作する計画を明らかにした。
さらにアメリカ版の映画もある。それが1月にサンダンス映画祭で初公開されたドキュメンタリー(ウディ・ハレルソンやマリエル・ヘミングウェイによる朗読劇を含む)「南京」である。この映画は日本が占領する(南京の)町に残った22人の欧米人に焦点を合わせる。彼らは微力を尽くして「安全区」を作り、助けを求める約20万人の中国人住民を保護することになる。
日中の歴史家が合意しうる点があるとすれば、それは第2次大戦が東アジアにおける西洋の帝国主義を終わらせるという有益な結果をもたらした点である。しかし、南京駐在の欧米人の勇気ある行動に焦点を合わせることは、この映画(「南京」)とその道義的なメッセージが広く欧米人の観客を感動させることに間違いなく寄与するだろう。それゆえ、ある意味では日本の『新しい歴史教科書』は正しい。歴史を学ぶのは、過去の事実を知ることだと考えている人が、おそらく多いだろう。しかし、必ずしもそうではないのである。
一読して、あまり分かりやすい記事とはいえない気がしました。理由は1つに、『新しい歴史教科書』、日中共同歴史研究、南京事件に関する一連の映画と話題が多岐に及んでいるためでしょう。また、それ以上に、記者が偏った見方を避けようと努めたために、結局、何を言いたいのか分かりにくくなってしまった、といえるかもしれません。
偏った見方を避けようとする記者の姿勢は、南京事件について論じるときの日本人、中国人の態度がしばしば「経済援助」や「海洋問題」といった現代の時事問題に影響されているとする指摘に、よく表れています。アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』を「日本人を型にはめ」た「親中反日」の書と呼んでいることも、同じ姿勢の表れといえるでしょう。ただ、その結果、南京事件の犠牲者数をめぐる議論を結局、日中の民族・排外主義者の口論に還元しているような印象を受けます。この問題をそこまで相対的に見る必要があるのか、疑問が残ります。
相対主義的な見方は記事の結びにも顕著に表れています。ここでは日中に西洋も加えて、「第2次大戦が東アジアにおける西洋の帝国主義を終わらせ」たという点では、「日中の歴史家が合意しうる」としています。しかし、この戦争を日本の「帝国主義」に対する抵抗として戦った中国の人々が日本人とともにそうした解釈に「合意」するとはとても思えません。思うに、この辺りに「西洋」側の人間がアジアに対して抱く後ろめたさがあるのかもしれません。
ブログの本題である映画の話に移りましょう。上に書いた日中、西洋という図式に従って、ここでは中国の「紫金山」(記事では「ザ・レイプ・オブ・南京」)、日本の「南京の真実」、アメリカの「南京」と3本の映画の名前が挙がっています。もっとも、実際のところ、「紫金山」はアメリカ人を監督とする中国・アメリカの合作映画になるそうなので、これを純粋な中国代表とすることはできないでしょう。アメリカの「南京」が「欧米人の勇気ある行動に焦点を合わせ」て、「西洋の帝国主義」を免罪するものであるかのような扱いを受けているのは、上で指摘した後ろめたさのためでしょう。
「南京の真実」は「ナショナリスト」による「南京(事件)否定」の映画とされています。『新しい歴史教科書』にも代表される彼ら「ナショナリスト」(現に映画の賛同者に「新しい歴史教科書をつくる会」関係者が少なくない)の立場ははっきり、日本で「非主流派である」と書かれています。他の広く使われている教科書が「日本の軍国主義を鋭く咎め……南京大虐殺があったことを認めている」こと、「中道右派」の読売新聞も日中戦争における日本の行動を「侵略」と認めていることが、そうした判断の根拠になっているようです。
2008/03/25
歴史に打ち倒されて(The Australian 07/12/08)
今回はオーストラリアの日刊紙The Australianの昨年12月8日付の記事を紹介します。
http://www.theaustralian.news.com.au/story/0,25197,22887177-5001986,00.html『ザ・レイプ・オブ・南京』の著者アイリス・チャンのことを取り上げた、新聞記事としては長いものですが、日本でほとんど知られていない彼女の素顔をうかがうことができます。
4才のとき、彼女は最初のミステリー物の物語を書いた。23才になるまでには、ジャーナリズムを専攻する、この中国系アメリカ人学生は処女作を書く契約を取り付けていた。処女作では、冷戦に怯える1950年代に米国政府により国外へ追放された、ミサイル開発に携わった中国人科学者を取り上げた。
6年後に彼女の第2作が出版された。中国のホロコーストと呼ばれる大虐殺を描いた、胸を締め付けられる本である。この事件は60年間、世界中で事実上、忘れ去られていた。
『ザ・レイプ・オブ・南京』で(アイリス・)チャンは、1937年12月13日から始まった残虐行為を、身の毛もよだつ細部にわたって調べ上げた。その日、日本軍は、第2次世界大戦に先立つ日中戦争の中、この都市(南京)を占領した。7週間にわたる恐怖の軍事行動で20万から30万人の中国人――死亡者数は激しく議論されており、日本の一部のナショナリストは2万人以下と主張する――が無残に殺害された。殺されなかった者も、何千人か何万人かが責めさいなまれた。少なくとも2万人、おそらく8万人の女性が強姦され、その多数は殺害もされている。
チャンの物語は悪夢を思わせ、さながら魔の手引き書である。しかし、1997年以来、同書は50万部を売り上げた。29才の著者の美貌、大胆さ、激情を訴える雄弁さにより売り上げが落ちることはなかった。
日本が公式に謝罪し、賠償金を支払い、南京(事件)のことを次世代に正しく教育すべきとする彼女の要求は、日本政府の一部の分子および日本の極右を激怒させた。米国国務省も、彼女が外交関係に悪影響を与えないか、憂慮した。ある印象的なテレビの討論で彼女は日本大使と対決した。
そして36才のとき、「バン!」という音とともにチャンは世を去った。
2004年11月のある朝、自動車で通りかかった人が、白いオールズモビルの中で前のめりになっている彼女を見付けた。場所はカリフォルニア州北部のサンホゼにある彼女の家から近い17号線の路傍。遺体の傍らには、グリップが象牙でできた骨董品の拳銃があった。弾丸が上あごを突き抜けていた。歯は折れ、服は血に染まっていた、と検視官は報告書に記している。
検視官は自殺と発表した。
ラジオでニュースを聞いた通勤者はショックを受け、路肩に自動車を止めた。チャンは優秀な技術者と結婚した有名で裕福な活動家で、2才になる息子がいた。彼女を思う両親が近所に住み、その活力と完璧な生活に友人たちは畏敬の念を抱いていた。「アイリスと話していると、わき立つ可能性の泉に飛び込んでいるようだった」。友人の1人バーバラ・メイシンはそう語る。
ピューリッツァー賞受賞者で、コロンビア大学ジャーナリズム学部で教鞭を取るデール・マハリッジは、中国人および中国系アメリカ人の自分の生徒がいかに彼女を尊敬していたか覚えている。そのときまでにチャンは、偏見を問う『アメリカの中国人』を出版し、第4作のための調査に没頭して、落ち着かない日々を過ごしていた。今度の題材は、1942年、フィリピンでのバターン死の行進。この行進の中、アメリカ人およびフィリピン人兵士9万人が、彼らを捕虜とした日本人から苛酷な仕打ちを受けた。
悪の権力に立ち向かう個人スパルタクスという主題にチャンは興味を感じていた、とメイシンは話す。『南京』の中でチャンは次のように記している。「このような殺人や死を何とも思わない恐るべき態度、人間社会の進化の中のこの退歩は、誰かが世界に思い起こさせない限り、歴史の片隅に追いやられてしまうと思うと、急にパニックに襲われた」
大虐殺60周年を記念して――来週の木曜日(2007年12月13日)で70周年となる――出版された彼女の本によって、この物語は初めて英語圏の大衆に知られることとなった。同書はこれまでに15ヶ国語に翻訳されている。
しかし、日本が自らの戦争犯罪に曖昧な態度を取り続ける20世紀から21世紀に、南京(事件)は火種となる問題の1つである。批評家は、情に流されているとしてチャンを非難した。実際、いくつかの日付や名前が問題とされ、訂正されている。だが、その一方で、リチャード・ニクソンの伝記を著した歴史家スティーヴン・アンブローズのような賞賛者も得た。アンブローズは次のように言う。「彼女は最も優秀な若手の歴史家かもしれない。歴史を伝えるためには、興味がわくような仕方で語らなければならないということを理解しているからだ」
彼女には大勢の友人もいた。もっとも、中には晩年の興奮しがちなチャンと疎遠になった者もいることが死後、明らかになった。彼らはやましさを感じながら、何時間も長電話をするという彼女の噂に、疲れてしまったと弁解する。皮肉にも、自分たちの不完全な生活は彼女のそれに釣り合わない、とも彼らは感じていた。
そんな友人の1人に、イリノイ大学でチャンとともにジャーナリズムを学んだポーラ・ケイメンがいる。チャンは死の直前に何度か彼女と連絡を取ろうとした。しかし、ケイメンは1度、留守番電話に伝言を残させてから、遅れて、電話をかけなおした。2人が最後に話したとき、ケイメンは、快活だった友人が取り乱し、意気消沈し、悲しげな様子で話すのを聞いて、驚いた。彼女(チャン)は言った。「ポーラ、あなたに話したいことがある。私はとても悲しい。私の身に何かあったら、あなたは親友だったということをいつまでも覚えていて。それだけ伝えたかった」
チャンは、バターンの本を書くことで新たな論争が起こることを心配していた。ここでもまた、残忍な話の数々はほとんど想像を絶していた。チャンのテープを文字に起こした速記者は、元兵士の話を聞きながら、涙が止まらなくなった。1998年、1通の電子メールの中で、CBSニュースのソウル特派員ヴィクター・フィックにチャンはこう訴えている。「悪質な日本の右翼団体から嫌がらせを受けずに、1週間が経つことはない」
今や、彼女はケイメンに打ち明ける。「地位の高い人たちは、こんなことは望まないだろう。はっきりいうと、ポーラ、私は自分の命を心配している」
南京(事件)を暴いたことでチャンは喝采を受けた。中国を逃れ、60年代初めに台湾から米国に留学した優れた科学者である両親から、人よりぬきんでていることなら、何でもしたいことをしてよい、と言われて以来、頂点を目指して進んできたチャンの道程は、ここで1つの頂点を迎えた。
作家養成者のはしりであるマハリッジがInquirerに語ったように、「彼女は若くして急に成功した」
2人の最後の会話が頭から離れず、ケイメンはウェブ雑誌Salonに追悼文を寄せた。驚いたことに、その文は嫉妬を克服したことを喜ぶ凱歌となった。ケイメンは数百通の電子メールを受け取ったが、最初のメールはチャンと同じ分野を専門とする歴史家からのものだった。彼もまた、何年も嫉妬を感じていたことに、やましさを抱いていたことを認めた。「気にしないで。皆が彼女に嫉妬していた」とケイメンは答えた。
大きな反響が寄せられたことから、ケイメンは1冊の本『アイリス・チャンと出会って 友情、野心、非凡な知性の喪失』を著すことにした。内面的な回想と推理小説風の物語との折衷になっており、物語の部分では、ときに対象以上に著者に巣くう魔物をさらけ出すこともある。
チャンは容貌と率直さで常に人を驚かせた。まだ大学時代に、後の夫ブレットン・ダグラスが1度、ベストセラー作家になる見込みがどれだけあるか尋ねた。彼女は「90パーセント」と答えた。
こうした性格と才能には、それなりの代償が付きまとう。チャンは絶えず、ねたみと、さらに疑いを招き続けた。同じサークルの女子学生から陰で「ばか」(dingaling)をもじって「チャンガラング」というあだ名を付けられていた。彼女は大学への就職を望んだが、果たせなかった。だが、いったん有名になると、他の成功者たちと気楽に交わった。彼らには嫉妬に駆られる理由がなかったからである。
彼女は米国大統領ビル・クリントンに指図するような真似もやってのけた。ダグラスと一緒に赤じゅうたんの上で大統領に会ったとき、ただ握手しただけではなかった。大統領に夫と一緒に写真に入ってくれるよう求めて、ダグラスに近寄らせ、画面外のシークレットサービスに手を振った。写真のクリントンは当惑しつつも楽しそうな笑いを見せている。
マハリッジは彼女の矢つぎばやの話し方について語る。「彼女は非常に迅速に物事を考える人だった。1時間が過ぎると、3つや4つでなく、15の問題が扱われていた」。(チャン)謀殺説について尋ねると、彼はため息をもらした。「やれやれ!現代の話だ。仮にそういう脅威があったら、アイリスの事件はもっと前に起きていた。(本は)発表済みだったんだ!」
幼いときにチャンは南京(事件)の話を聞かされた――母方の祖父母が難を逃れている。しかし、図書館に行っても、それ以上、調べることはできなかった。それから成人して、ある会議で、この都市の占領中に撮影された写真と対面した。「私はそれらの写真を見る準備がまったくできていなかった。白黒写真には、切断された頭、切り開かれた腹部、強姦された相手にしいられ、猥褻な姿勢を取る裸の女性が映っていた。苦悶と屈辱の表情を示して歪んだ彼女たちの顔を忘れることができない」
チャンの本は1つの国を攻撃したわけでなく、むしろ、1つの特異な軍国主義的文化を攻撃したのである。彼女が問題にしたのは、「我々全員を悪魔に変えたり、人に人間味をもたせている、弱い社会規制を引きはがすことも、これを強化することもできる文化の影響力」である。
戦争に参加し、日本で医師となった老人(待合室に良心の呵責から神棚をまつっている)は、彼女に次のように打ち明けた。「全員で200人以上の人々に対して、首をはねたり、餓死させたり、燃やしたり、生き埋めにしたりした。自分が獣になって、そういう真似をできてしまうということが恐ろしい。私が犯した所行について、一言の弁解もできない。私は本当に悪魔になっていた」
資料集めにかける情熱から、チャンは、それまで知られていなかったジョン・ラーベが収集・保管していた文書、メモ、書簡にたどり着いた。ラーベはドイツの実業家にしてナチ党員で、当時、この町(南京)に配属されていた。しかし、南京(事件)は政治上の理由から「埋没」させられていた。米国は、冷戦下でロシアや中国に対抗するための同盟国として、日本を必要としていた。そのため、ドイツと同じように、日本にも戦争犯罪を突きつけるようなことはしなかった。中国政府は、自国が一般市民を適切に守れなかったことに決まり悪さを感じていた。傷を負い、貧しい人も少なくない何万人もの生存者たちは沈黙を保っていた。
チャンは、自分が日本を叩きをしているとして、攻撃されていることに気付く。脅迫状が届いた。夜遅くには「ブレットはどうしている?」「シャオジンはどうしている?」といって、夫や父の安否を尋ねる脅迫電話がかかってくるのが常となった。日本の漫画は彼女を、日本に対する白人の反感をあおって大喜びする口やかましい女として描いた。日本の斉藤邦彦駐米大使が1998年にワシントンで記者会見を開き、彼女の本を批判した。だが、チャンの影響を止められる気配はなかった。8ヶ月後、公共放送サービス(PBS)の「ニュースアワー」の中で、チャンは斉藤を心から痛切な謝罪をしていないとして、容赦なく叱責した。
「彼女が失礼な人間だと思われていることに両親は呆然としていた」ニューヨークにいる彼女の代理人で、編集者だったスーザン・ラビナーは、そう語る。しかし、中国系アメリカ人社会は喜んだ。
「大半の学者がいくつかの点で彼女の著書に批判的だ。ささいな間違いがかなり多く、ほとんどは名前や日付に関するもので、おかしなことを書いていて、正確とはいえない。それは残念なことだ」オーストラリア国立大学のテッサ・モーリス=スズキ教授(日本史学)はそう述べる。
それでも、チャンの著書は非常に重要だとして、教授は言う。「同書は正に、この問題を米国の多くの人々が意識するようにした。そして、あの国で売れることで、日本で大きな議論と論争を巻き起こした」
さらに、話は続く。「右翼は日本でここ10年で、ますます声高に発言するようになった。Googleで『南京』を検索すると、何百万、何千万件もの検索結果が出る。多くは、写真はすべて捏造といって、大虐殺を完全に否定する。まったくばかげたもので、チャンについて、ひどいことを書いたものもある」
「何人かの日本の政治指導者が(戦争犯罪について)謝罪をしてきた。しかし、欠けているのは、力強い言葉による閣議決定としての謝罪、日本政府による全体的な謝罪。それに続いて、個人補償が行われるべきだ」
「しかし、それを先延ばしにすればするほど、日本政府がそうした謝罪をすることは難しくなる」
ケイメンの記述によれば、1999年から2002年の間にチャンの中で何かが変わり始めた。彼女とブレットは子どもをもうけようとした。そして、度重なる流産と排卵誘発剤の服用の末に、2人にクリストファーという息子が授かった。その頃、ケイメンは何人かの友人から変化を認めたと聞かされた。そして、ケイメン自身、そのことに気付いていた。友人たちかチャンのいずれか、または、双方が交際から身を引いていった。
ケイメンの本を読むことに耐えられるか未だに分からないというマハリッジは、次のように説明しようとする。「力を奪い取られていたんだ。彼女は部屋の外の空気を全部、吸い込んでしまったんだろう。疲れ切っていたんだ」
1999年12月に取り乱したチャンの訪問を受けた際に、彼は衝撃を受けた。チャンは、2000年問題により自分の銀行口座の記録がすべて消されてしまうと信じていた。マハリッジは最終的に彼女を落ち着かせた。しかし、1時間経っても、彼女はまだ動揺していた。同じように彼も動揺していた。「『大変だ。彼女は精神を病んでいる』と思ったことをはっきり覚えている」
マハリッジは、作家が自分の中で均衡を保つことの必要について語る。「私は彼女に警告した。常に『作動中』でいることはできない。ホームレスに関する本を書いたら、次は、自分でも覚えていないが、カリブ海のリゾートに関する本を書くことにしたらどうだろうと言った」
2004年、第3作のペーパーバック版発売に際して、チャンは31日間で20都市のメディアを訪問する精力的な旅行を敢行した。その年の8月、バターン生存者にインタビューするため、ケンタッキー州を訪れたとき、彼女は「短期反応性精神病」とされる衰弱を経験した。4日間、眠らず、食事も取らなかった。短期間、入院しただけだが、米国政府が自分の信用を損なおうとしていると信じるようになった。
9月には、睡眠薬と1リットルのウォッカをもってホテルにチェックインするが、帰宅している。10月末、精神科医は彼女を双極性障害、つまり、躁鬱と診断した。この判断にチャンの家族は異を唱えている。
しかし、ケイメンの主張では、不妊治療と何度かの流産による不安定なホルモン変動や、排卵誘発剤が招くといわれる鬱といった健康状態の組み合わせから、疲労と緊張の間で裂け目が走り、その裂け目にチャンが投げ出されたという。
チャンは診断に愕然とし、治療や薬を拒んだ。彼女を担当した精神科医は最近、自殺した当時、彼女は必要な治療をまったく受けていなかった、とケイメンに語った。
鬱は、特にアジア社会では、未だに汚名をもたらす原因となっている。カリフォルニア州のある精神医療施設は、チャンの死後、相談に来るアジア人女性の数が倍増したと指摘している。ケイメンはもう1つの秘密を明らかにした。チャンの度重なる流産は、ある珍しい病気によるもので、夫婦は実子の生育のために代理母を使っていたのである。
チャンの死の前夜に交わした彼女との最後の会話について語るとき、ラビナーの声に苦悩の様子が感じられる。「彼女ははつらつさを失っていた。力強く、目標を見据え、粘り強い人だったのに。そのときは、私の言ったことをずっと繰り返していた」。しかし、終始、チャンに躁病の様子はまったく認められなかった、と彼女はいう。
遺書の中でチャンは、病気になる以前の「人生と切り結んでいた」ときの姿で自分を思い出すことを求めている。
アイリスの母で、今はイリノイ大学を退官した微生物学者のインイン・チャンは、躁鬱とする診断に同意しない。彼女はケイメンのインタビューを受けていないが、出版直前に校正刷りを目にしている。堂々とした簡潔さで彼女は述べる。「アイリスの置かれた状況は、もっと複雑だったと思う。躁鬱という単純なものではない。娘は疲れ果て、鬱から抜け出せる可能性がなかった」
彼女はさらに、薬物に対するアジア人の反応は特異なもので、アイリスは非常にやせていて、体重が標準以下しかなかったという。彼女は現在、娘に関する自身の著書を執筆中である。
娘は常に生涯に10冊以上の本を書くことを目指していた、とインイン・チャンは昨年、痛切に語った。
今度の水曜日(12月12日)にドキュメンタリー映画「南京」が米国で公開される(オーストラリアでの配給は決まっていない)。チャンが制作のきっかけとなった、この映画にはウディ・ハレルソンやマリエル・ヘミングウェイといった俳優が出演する。国際安全区を創設し、数十万人の生命を救ったラーベらヨーロッパ人の日記や手紙や証言を俳優たちが読み上げる。
一方、「南京の真実」と題する日本の映画もまもなく公開される。映画の監督は、(南京)大虐殺はプロパガンダ、捏造だと主張している。そして、ナショナリストの石原慎太郎東京都知事をはじめとする日本の政治家から支持を得ているといわれる。
マハリッジがケイメンの取材の感想を述べる。「本当はアイリスについて語りたくはなかった。しかし、私はジャーナリストで、人々から話しかけられることを常に望んでいる。自分の肩に止まって、『話しなさい』と言うアイリスの姿が心に浮かんだ」
誰よりもチャンが真実に達する必要を理解していたのであろう。
昨年12月で南京事件から70周年と同時に、チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』出版から10周年を迎えたわけで、海外でチャンに対する関心も盛り上がっていることが記事自体から伝わります。 事実、秋には彼女の友人による評伝がアメリカで出版されており、その記述が今回の記事で大きく利用されています。
また、11月にカナダで初公開された映画「アイリス・チャン ザ・レイプ・オブ・南京」も、その後、地味ながらも、カナダを中心に北米の劇場や大学で上映会を開いているようです。
さらに、今年に入って、2月から3月にかけて中国系カナダ人劇作家マージョーリー・チャンの戯曲「南京の冬」がトロントで上演されました。この戯曲は現代と南京事件当時という2つの異なる時代を舞台とするもので、現代編の主人公としてチャンをモデルにした作家が登場します。これらの本や映画や戯曲の評判は必ずしも良いとはいえませんが、複数の批評がメディア上で発表されているところを見ると、一定の反応を呼んでいるようです。
さて、「南京の真実」の話題は記事の最後の方に出てきます。チャンの著書がきっかけとなってアメリカでドキュメンタリー映画「南京」 が作られ、さらに、それに対抗して「南京の真実」 が制作されたという脈絡になっています。
すでに完成した第1部では実現しませんでしたが、水島監督は当初、チャンを中国共産党の情報工作員だったとする映画を構想していたようです。そして、それを3部作の残りで実現しようとしていると思われます。 しかし、上に書いたように、北米を中心にチャンに対する関心が少しずつですが、着実に増している気配があります。一般論として、ある程度、有名な人物に関して新事実や新解釈を打ち出すことは、ほとんど知られていない人物に対して同じことをするよりも、しっかりした根拠を求められ、難しいものです。そうした意味では、チャンを工作員とする映画を作ることは、今後、やりづらくなることが予想されます。
2008/02/26
監督ら南京を映画化(Variety 07/12/21)
カタールの衛星テレビ局アルジャジーラが今月21日に「南京の真実」を取り上げた番組を放送しました。
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/CAC0F0E6-B00E-420E-81A4-64CD3D073B67.htm番組の冒頭はVTRで映画を紹介するものになっています。水島監督の談話に加えて、松岡環氏による南京事件に関する証言の聞き取り活動の様子も映され、日本国内でも、この映画に賛否両論があるという形で扱われています。残りは、映画を代弁する役割で賛同者の加瀬英明氏も参加して、米国の歴史学者リチャード・チュー教授(ロチェスター工科大学)と司会者の3人による鼎談で、ちょっとした討論になります。その中で司会者は加瀬氏の主張に対して懐疑心を隠せない様子です。映像メディアは取り上げないという、このブログの趣旨から外れるため、これ以上、掘り下げた紹介はしませんが、1月25日の完成披露試写会の映像が番組の途中で流され、この映画の第1部完成を伝える海外メディアの報道が1つ増えたことになります。
さて、今回は昨年12月21日付の米国のエンタテインメント誌Varietyの記事を紹介します。
日本軍による数十万人の中国人虐殺から70周年を記念する式典が12月に入って中国の戦時中の首都、南京で催された。日本軍がこの都市を侵攻した際に起こった、この事件が(中国)国内外の映画監督の想像力をかき立てている。
南京レイプは、この問題を取り上げた完成したばかりの、または、今、製作中の映画によって、監督たちに非常に人気のある主題となっている。
侵攻を生き延びた人々と話し、今や老人となった犠牲者から強姦や殺人に関する恐ろしい証言を聞けば、この物語になぜ脚本家やプロデューサーが心を奪われるか、容易に理解することができる。
しかし、こうした企画に集中することは、困難なことになりかねない。というのは、政治的な微妙さから、映画監督たちは息を潜めることを余儀なくされるからである。
スタンリー・トンは、(南京)事件を扱う自作「日記」はドキュメンタリーにしないと語った。一方、オリバー・ストーンは、大虐殺を取り上げたケヴィン・ケントの小説を映画化するために、ケントと協議してきた。
中国政府は、南京の過去の出来事に関する映画がナショナリズムに寄与することを望んでいるだろう。しかし同時に、日本との交易に依存しており、この国をいら立たせることは望まない。
アカデミー賞を受賞したドイツのフローリアン・ガレンベルガー監督は、中国のシンドラーと呼ばれるナチ党員ジョン・ラーベの物語を撮影してきた。ラーベは攻撃中の(南京)市内に安全区を設立して、数十万の人命を救った。
ラーベの日記をもとにして上海で撮影される、この映画の出演者には、ウルリッヒ・トゥクール――目を見張るほどラーベと似ている――やダニエル・ブリュールがいる。また、中国の新進女優、張静初(チャン・チンチュー)も出演する。
映画の予算は2000万ドルで、中国の華誼兄弟伝媒集団とドイツのホフマン&フォーゲス・エンタテインメントの共同製作。来年末の劇場公開を予定している。
サイモン・ウェストの「紫金山」は製作費5100万ドルの米・中・英合作。アイリス・チャンの国際的なベストセラー『ザ・レイプ・オブ・南京』を原作にしながら、中流階級の中国人母娘の目を通して大虐殺を描く。
香港のイム・ホー監督は「南京・クリスマス・1937」の脚本をまず審査に通過させるために、苦労した。この作品も他の企画同様、日本人の手から中国人を守ろうとした外国人たちの奮闘に、焦点を当てる。予算は3500万ドルで、海外で受け入れられる可能性がある。
中国電影集団と江蘇広播電視が共同で陸川(ルー・チューアン)の「南京!南京!」の出資を引き受けたと報じられている。映画は今、天津で撮影が進められている。
製作費1200万ドルのこの映画は、香港を拠点とする寰亜電影と北京の星美伝媒からも融資を受けている。陸は、脚本が(当局の)認可を得られるよう、5ヶ月にわたる説得を続けた。
(ジェームズ・)ボンド映画を監督したロジャー・スポティスウッドが指揮する「黄石の子供たち」は、「南京レイプ」から始まり、中国を横断して孤児を避難させたイギリス人ジャーナリスト、ジョージ・ホッグ(ジョナサン・リス=マイヤーズ)の足跡を追う。ラダ・ミッチェル、ミシェル・ヨー、チョウ・ユンファも出演する。
AOLが製作し、今年すでに中国で公開された長編ドキュメンタリー映画「南京」は、中国史上、最も多くの人が見たドキュメンタリーといわれる。
アカデミー賞受賞歴のあるドキュメンタリー監督ビル・グッテンタグと、ダン・スターマンが共同で監督し、元AOL副会長のテッド・レオンシスが制作した「南京」は、記録映像と俳優による朗読を組み合わせる。ウディ・ハレルソン、スティーヴン・ドーフ、ユルゲン・プロフノウ、マリエル・ヘミングウェイをはじめとする俳優が朗読を担当した。
これら注目作のほかに、小規模なドキュメンタリーや映画が多数、製作されている。その中に、(南京)事件はなかったと主張する日本人の取り組みがあり、議論を呼んでいる。
「南京の真実」は「注目作」の扱いを受けておらず、題名も明記されていません。しかし、最後の段落にある南京「事件はなかったと主張する日本人の取り組み」は明らかに、この映画のことを指していると思われます。ここで仮に「取り組み」と訳した語は、原文では“takes”で、複数です。水島監督のほかに日本で南京事件を否定する映画を作る動きがあるという話は聞きません。しかし、「南京の真実」が3部作で、3本と数えられていると考えれば、複数形が用いられていることも納得がいきます。
記事で題名や監督の名前が明記されている映画作品、または、その企画は8本を数えます。最初のスタンリー・トンの「日記」とオリバー・ストーンによるケヴィン・ケントの小説の映画化の話はともに、昨年3月のTime誌の記事に言及されています。しかし、その後、具体的な進展があったという情報はありません。特にストーン監督に関しては、米国のジョージ・W・ブッシュ大統領を主人公にした映画の制作に乗り出したという報道が最近、ありました。そのため、南京事件関係の映画に取りかかる見込みは当分、ないと思われます。
フローリアン・ガレンベルガー監督、ウルリッヒ・トゥクール主演の「ジョン・ラーベ」は、過去に取り上げたFrankfurter Allgemeine Zeitung紙の報道にあるように、着実に撮影が進んでいる模様。製作会社のホフマン&フォーゲス・エンタテインメントのサイトによれば、公開は来年2009年の2月になる予定です。
サイモン・ウェスト監督の「紫金山」は昨年7月31日付のReutersの報道によると、その日にクランクインしたそうですが、製作会社のサイトを見ると、未だに「撮影準備中」(Pre Production)と表示されています。しかし、12月に入って中国のポータルサイト新浪網で予告編が公開されており、とにかく製作が続けられていることは確かなようです。
イム・ホー監督の「南京・クリスマス・1937」(中国語名「南京聖誕:1937」)は一時、昨年末に撮影開始予定と報じられていましたが、未だに撮影に入ったという報道は聞かれません。
陸川監督の「南京!南京!」は昨年10月から撮影を始め、12月には撮影現場を取材した動画をReutersが公開しています。
前回の投稿でも触れたロジャー・スポティスウッド監督の「黄石の子供たち」は、これまで「苦海」という題で紹介されてきたものです。映画はすでに完成し、4月に中国での公開を予定しています。主人公のジョージ・ホッグは実在の人物で、実際に日中戦争のさなかの中国で教師として活動していますが、映画はかなり創作が入っているようです。
最後のビル・グッテンタグ、ダン・スターマン両監督のドキュメンタリー「南京」は現在、全米各都市を回って公開中。ノミネートされていた米国脚本家組合(WGA)ドキュメンタリー脚本賞は今月9日に発表があり、受賞は逃しました。記事の中で「AOLが製作し」たと書かれていますが、AOL自体は、この映画の製作と無関係で、あくまで同社のテッド・レオンシス副会長が個人としてプロデューサーを務めたというのが事実のようです。
ちなみに、カナダのビル・スパヒック、アン・ピック両監督の「アイリス・チャン ザ・レイプ・オブ・南京」は記事の中でまったく取り上げられていません。「注目作」でない「小規模な」映画の1本という扱いを受けているようです。
2008/02/15
南京劫掠 映画が発言(Le Point 07/12/20)
今回は昨年12月20日付のフランスの週刊誌Le Pointの記事を紹介します。
http://www.lepoint.fr/content/cinema/article.html?id=21579170年前の1937年12月半ば、中国の都市、南京は日本人による劫掠に見舞われ、20万人近くの一般市民が殺害された。今日、日中間で映画を介して、もう1つの戦いが始まる。周知のように、争われているのは、事件の記憶であり、数十年来、論争は両国間で大きくなる一方である。最も強烈な出来事は、おそらく日本の小泉首相の靖国神社参拝だったであろう。そこには、南京大虐殺を引き起こしたとして、1948年に有罪判決を受けた松井大将が埋葬されている。2大国の間には数字をめぐる争いもある。一方は、死者は3万人と語り、公式の謝罪を一切しないが、他方は死者を30万人とし、ホロコーストと語っている。
今日、戦いは映画の分野で行われている。というのは、日本の水島総監督が、小泉内閣の元閣僚を含む一定数の政治家の支持を受けて、「南京の真実」を完成させたところだからである。この映画で監督は同胞にかけられた、あらゆる犯罪の嫌疑を晴らす。しかし、中国側の反撃は激しいものになりそうである。(パヨ社から出版されたばかりの)アイリス・チャンのベストセラー『ザ・レイプ・オブ・南京』を原作とする作品が、「トゥームレイダー」のサイモン・ウェスト監督のもと、中国で撮影中。ほかに香港のイム・ホーの大作「南京・クリスマス・1937」も進行中で、日本人の暴虐から中国人を守ろうとした外国人たちの奮闘を描く。欧米人たちが果たした、この天恵ともいえる働きが、中国人に残された頼みの綱である。中国人市民をオスカー・シンドラーのように救った人物たちに、2本の外国映画がささげられている。1本はジョン・ラーベという魅力的な人物にささげられている。彼は、ジーメンス社により南京に派遣されたナチ党員で、惨事の証言となる日記を残した。配役が注目される(スティーヴ・ブシェミが「グッバイ、レーニン!」のダニエル・ブリュールや「ホロコースト アドルフ・ヒトラーの洗礼」の主演俳優ウルリッヒ・トゥクールと合流、トゥクールがドイツの善きサマリア人を演じる)この映画によってドイツ映画の活性化がさらに続くかもしれない。もう1本の映画「苦海」は、ロジャー・スポティスウッド(ジェームズ・ボンド映画「トゥモロー・ネバー・ダイ」を世に送り出した)が監督し、すでに来年(2008年)3月に中国とアメリカで劇場公開される予定。映画は、オーストラリア人看護婦とともに数百人の中国人孤児を救ったイギリス人ジャーナリスト、ロジャー・ホッグの奮闘を描くものになる。
ドキュメンタリーも負けていない。アルテ(仏独共同のテレビ局)が4月にミカエル・プラザンのドキュメンタリーを放送した。そして、フランスではアメリカのドキュメンタリー映画(「南京」)の封切りが待たれている。この映画は、今年(2007年)1月にサンダンス映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞(正しくはドキュメンタリー編集賞)を受賞した。
明らかに日本は厖大なハンディキャップを負っている。雪崩を打ってやってくる映画が、日本の態度を変えるのか?日中関係を悪化させるのか?これはおそらく、記録に残る珍しい事例の1つであろう。2006年にアル・ゴアがそうしたように、2008年に映画が歴史の流れを左右することになるかもしれない。
南京事件70周年に当たり数々の映画が製作・公開された、または、その予定であることが、「映画を介し」た「戦い」として、取り上げられています。その「戦い」の中での日本の動きとして「南京の真実」が触れられています。
途中、中国が南京事件での死者を「30万人」としていることと対比して、日本が「死者は3万人と語」っていると書かれています。しかし、「3万人」という数字が何をもとにしているかは、定かでありません。ちなみに、現在の日本政府の公式見解は「多くの非戦闘員の殺害」があったことは「否定できない」が、「被害者の具体的な人数」は「認定」できないというものです。
こうした政府の見解をどれだけの日本人が支持するか分かりませんが、犠牲者「3万人」が日本の立場を代表するものだとするかのような書き方には疑問を感じます。ところで、「南京の真実」は「同胞にかけられた、あらゆる犯罪の嫌疑を晴らす」と書かれています。ここから、この映画は、犠牲者を「3万人」をはるかに下回り、ほとんど0に近いとする、日本国内でも平均を外れた過激な主張をするものとして受け取られているようです。
ほかに、南京事件の責任を問われ、死刑となった松井石根が靖国神社に「埋葬されている」と書かれていますが、靖国神社では祭神の埋葬は行っていないはずです。こうしたところから見ても、記者は日本事情にそれほど精通しているわけではないようです。
記事の本題である映画の話に移ると、サイモン・ウェスト監督の「紫金山」やウルリッヒ・トゥクール主演の「ジョン・ラーベ」、アメリカのドキュメンタリー「南京」と言及されている作品の大半は、このブログですでに繰り返し取り上げたものです。その中で、これまで余り話題に上らなかったロジャー・スポティスウッド監督の「苦海」は、オーストラリア・中国・ドイツ合作の映画。現在、ベルリン映画祭と併せて開催中のヨーロピアン・フィルム・マーケット(EFM)で、「黄石の子供たち」の題で上映されているようです。
一方、昨年4月にフランスで放送された「ミカエル・プラザンのドキュメンタリー」は、ここでは初登場です。ディレクターのプラザン氏は日本滞在経験もある日本通で、過去に連合赤軍を扱ったドキュメンタリーを制作しています。作品は、昨年、フランスで開催された国際テレビ映像フェスティヴァル(FIPA)に入選しており、日本語による同フェスティヴァルの広報サイトに「南京」という題名で簡単な紹介文が掲載されています。
http://www.fipa-japan.jp/report_07.htmlそれによると、「被害者側、中国人の発言だけではなく、虚妄と主張する日本側の発言とその真意への目配り」に作品の特長があるそうです。
さて、南京事件に関する、さまざまな映画を紹介した後で、「明らかに日本は厖大なハンディキャップを負っている」と書かれています。「南京の真実」が日本を代表しているといえるか疑問ですが、いずれにしても、この映画が今回の「戦い」を制する見込みは、極めて低いと見られているようです。
なお、記事の最後で「2006年にアル・ゴアがそうした」といわれているのは、地球温暖化の危険を訴え、アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画「不都合な真実」(デイビス・グッゲンハイム監督)のことです。
2008/02/01
東京のプロデューサー、南京大虐殺を再検討(UPI 08/01/30)
少し遅くなったものの、1月25日の完成披露記者会見および試写会の様子を伝えるUPIの記事が30日に発表されたので、今日はそれを取り上げます。
http://www.upiasiaonline.com/Politics/2008/01/30/tokyo_producer_revisits_nanking_massacre/7416/日本の知識人、社会運動家、ジャーナリスト、党派を超えた政治家の一団が南京事件の真実を議論する国際的な「裁判」を主催しようと準備している。事件は1937-38年の冬に中国の南京で起こり、よりはっきりと南京大虐殺とも呼ばれる。
インターネットによる文化フォーラム「チャンネル桜」を主宰する水島総は金曜日(1月25日)に東京で、「南京国際大法廷」と称するものをこの夏に東京で開く、と語った。
戦時中の出来事に関しては、これまで数多くの著作が出版されている。中でも、日本兵が中国人一般市民に対して行ったといわれる残虐行為を描いたアイリス・チャンの1997年のノンフィクション『ザ・レイプ・オブ・南京 第二次世界大戦の忘れられたホロコースト』が最も有名である。
しかし、水島は日本国内の多くの人々とともに、その種の記述が伝える事柄に異を唱えている。彼によれば、「あったという人たちも含めて、公の場で堂々と公平に議論を重ねれば」、組織的な大虐殺やレイプがなかったことが明らかになるという。
この民間の計画は、70年前に占領された南京で起こった出来事に関する、あらゆる見方を取り上げるものになる、と水島は言う。中国やハリウッドで製作された映画のプロデューサーたちに参加を呼びかけるという。
日本による南京占領の災禍を何らかの形で描き出す約10本の映画が世界中で製作され、公開されている。発表された数字をもとに水島が計算したところによると、それらの映画に約300億円がかけられているという。
水島の主張によると、中国政府が主導しているという、この大規模なプロパガンダキャンペーンは「侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館」の改装と並行して進められている。
1年間にわたる大規模な改修と拡張を終え、昨年(2007年)12月に記念館が再び開館すると、隈丸優次・在上海日本総領事が中国政府に対し懸念を表明した。総領事は「事実に疑いのある展示がある」とし、展示によって「日本人への恨みや反感」が引き起こされかねないと警告した。総領事はまた、さまざまな研究者が疑問視する数字である「犠牲者30万人」を記念館が示していることも批判した。
水島は「南京の真実」と題する映画のプロデューサーでもあり、金曜日に東京で映画の試写会を開いた。映画の資金は、彼の言い方に従えば、全国5500人以上の人々からの寄付金によってまかなわれた。彼らは、戦時中の日本にとって最悪の出来事の真相が明らかにされるところを見たいと思っているという。映画は当時の中国の首都で、城壁に囲まれた南京の町が占領された直後に、市内で撮られた映像を紹介する。市内で大量殺害が行われていたことを示すものは映画に一切、出てこない。
映画の後半は、極東国際軍事裁判でA級戦犯とされた7人の日本の軍指導者が1948年に絞首刑に処されるまでの経緯を詳細に再現したものになっている。
水島は7人の苦闘や愛国心の噴出、巣鴨プリズンで教誨師の僧侶と経を唱える中で彼らが見出した慰めを描いていく。拘置所が映画のために忠実に再現された。
映画の末尾では、1937年の南京攻略に参加した何人かの元兵士が自らの経験を証言する。彼らの話によれば、南京門を入った軍の指揮官で、東京裁判で死刑判決を受けた松井石根大将から厳しい軍紀を課されたという。ある兵士はむやみな殺人や略奪や強姦をしないよう命じられたと話した。
戸井田徹衆議院議員によると、東京裁判の弁護側の資料が今年の3月31日から公開されるという。この資料によって、ずっと昔に起こったものの、今なお日中両国民の間で激情をかき立てる力をもつ出来事に新たな光が投げかけられることが期待される、と同議員は語る。
記者会見と試写会の両方の様子を伝える記事で、映画の内容にも少し立ち入って触れています。ただし、映画に対する感想をうかがわせる文句は見られません。
前回、紹介したAFPの報道同様、ここでも、水島監督がこの夏に開催する予定の「南京国際大法廷」が大きく取り上げられており、この話題が記事の導入になっています。
記事は全体に水島監督をはじめとする「南京の真実」関係者に配慮している印象を受けます。他のほとんどの報道が水島監督や支持者を「ナショナリスト」とか「右翼」と呼んでいたのに対し、ここではそのような表現は見られません。また、アイリス・チャンの著書に触れたところで「日本兵が中国人一般市民に対して行ったといわれる残虐行為」として、「といわれる」を挿入しているところにも、そのような配慮が感じられます。もっとも、それを扱ったチャンの著書は「ノンフィクション」と呼ばれていますが。
水島監督は「多くの人々とともに」旧日本軍の残虐行為に「異を唱えている」といわれています。記事の中に、映画の製作費を「全国5500人以上の人々からの寄付金」によってまかなったと書かれているので、その辺りの数字を念頭に「多くの人々」といっているのかもしれません。
途中、拡張工事を終えて再開館した南京大虐殺記念館の展示に隈丸優次・在上海総領事が見直しを申し入れたことが書かれています。しかし、映画と直接、関係のない話題で、ここで言及することには少し無理がある気がします。この話題の中で「犠牲者30万人」として出てくるのが記事の中で唯一示される南京事件の犠牲者数の推計です。ただし、それも「さまざまな研究者が疑問視する数字」といわれています。同じUPIの記事でも、前回の製作発表のときの報道に見られた「大半の歴史家は、大日本帝国軍が1937年に南京で20万人の中国人を殺害したと考える」といった指摘は今回の報道には見られません。
2008/01/29
日本人映画監督、南京模擬法廷を計画(AFP 08/01/25)
先週の金曜日1月25日の晩に「南京の真実」第1部「七人の『死刑囚』」の試写会が催されました。それに先立ち、午後に「完成披露記者会見」が開かれたそうです。今回は、その記者会見を取材したAFPの記事を紹介します(リンク先はSawf News)。
http://news.sawf.org/Entertainment/47452.aspxAFP BB Newsに記事の日本語版が発表されるのを待ちましたが、今のところ、発表されていません。そこで、試訳を以下に載せます。
南京大虐殺はなかったとする日本人映画監督が、この夏に自説を証明するため、模擬法廷を開くことを計画している、と金曜日(1月25日)に語った。
「夏に南京国際大法廷を立ち上げたい」。水島総監督が自作「南京の真実」の完成披露試写会で明らかにした。
「公平な形で、お互いに論議し合えば、私たちは絶対に負けない」巨大な日本国旗、日の丸を背に、約40人の賛同者と並んで座った監督は、そう述べる。
衛星放送テレビ局を経営する水島は、大虐殺70周年を記念して昨年(2007年)発表された映画の監督をはじめとして、意見を異にする人々を招待するといっている。
ハリウッドの支援を受けて中国が製作した「南京」が昨年、アジアや欧米で上映された。この映画は、米国の作家、故アイリス・チャンの著書『ザ・レイプ・オブ・南京』に触発されて作られた。同書は(南京事件の)惨状を克明に伝えている。
1937年に日本軍は当時の中国の首都だった南京を攻撃。中国は、このときの流血の惨事をドイツによるホロコーストにたとえ、約30万人の民間人が虐殺されたと主張している。
これまで日本は、戦時中に南京を含め各地で行った残虐行為について、遺憾の意を示してきたが、その犠牲者数を公式に発表したことはない。
水島は、自分の映画は「ドラマ・ドキュメンタリー」で、南京大虐殺に反論する3部作の第1部であると語った。
水島は、元日本兵をはじめ、他の映画で南京大残虐事件について語っている人々を、模擬法廷に呼ぶともいっている。もっとも、彼らが来るとは思っていない。
「予測します。無責任に証言する人たちは絶対、検証を受けに出てきません」という。
複数の世論調査によれば、戦時中に自国が過ちを犯したと認める日本人が多数派だが、1990年代後半から影響力を高めている一部の日本のナショナリストが、大虐殺は中国のプロパガンダだと主張している。
水島は保守派著名人の協力を得て、記者会見に臨んだ。そこには、戦時中の日本の首相、東條英機の孫娘、東條由布子の姿も見られた。
「我々は、今、仕掛けられている思想戦に勝たねばならない」。保守的な意見を率直に述べることで知られる西村眞悟衆院議員が、映画を賞賛する中で述べた。
「この思想戦で負ければ、民族の魂が滅ぼされる」と同議員は言う。
もっぱら記者会見を取り上げた記事で、映画の試写に関しては何も伝えていません。映画の内容はおろか、第1部の題名さえ書かれていません。
記事は特に、水島監督がこの夏に予定する「南京国際大法廷」に注目しています。その法廷の模様を写した映像が、南京事件の検証ドキュメンタリー編として製作予定の第2部に利用されるようです。同時に、水島監督は、大虐殺があったと語る人々が「来るとは思っていない」とも書かれています。こうした予想が正しければ、「模擬法廷」は欠席裁判になり、映像として盛り上がりに欠けるものになると思われますが、その点を水島監督が気にしている様子は、記事からは伝わってきません。
「大虐殺70周年を記念して昨年、発表された映画の監督」を「法廷」に呼ぶという水島監督の発言を受けて、それらの映画の中でも ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン両監督のドキュメンタリー「南京」が特筆されています。この映画は米国製作であるにもかかわらず、昨年12月10日付の記事同様、ここでも「中国が製作した」と誤解されています。ちなみに、この映画は結局、アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされるには到りませんでした。
記事の後半で、「一部の日本のナショナリストが、大虐殺は中国のプロパガンダだと主張している」と指摘されています。水島監督もまさに同じ主張をしているので、この記事の言葉遣いに従えば、「ナショナリスト」と呼ばれるのは避けられないでしょう。 「保守派」と言い換えていますが、文脈から見て、東條由布子、西村眞悟両氏にも同じ表現が当てはまりそうです。
「南京の真実」第1部の完成披露記者会見ないし試写会について伝えるメディアの報道は、少なくとも自分が今、英・独・仏語で確認している限り、ここで取り上げた記事だけです。1年前の製作発表記者会見のときと比べると、メディアの反応は非常に乏しいです。ただ、取材をしたものの、まだ報道していないところもあるようなので、今後の報道に期待したいと思います。しかし、この映画が今後、メディアの関心をどこまで保てるか、不安が残ります。
2008/01/23
東京・北京間に南京の火種(Le Monde 07/12/17)
今回は、フランスを代表する日刊紙Le Mondeの論説を紹介します。昨年12月17日付で、少し遅れたものの、13日の南京事件70周年に合わせて、発表されたものです。
http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3232,36-990584,0.html当初はLe Mondeのサイトで本文を無料で公開していましたが、今は有料のようです。しかし、LeJapon.orgに転載されていることを確認しました。
http://www.lejapon.org/info/modules.php?file=viewtopic&name=Forums&p=141780オリジナルでは、最後に「追伸」(POST-SCRIPTUM.)という小見出しが付いた節があります。しかし、これはオーストラリアのアボリジニの問題を取り上げたもので、内容も文章も、それ以前の部分とのつながりが見られません。そこで、この節の訳は割愛することにします(LeJapon.orgの転載でも、その部分は割愛)。
「おそらく、ありとあらゆる罪業が今日、この南京で行われたであろう」。1937年12月16日、後に南京劫掠と呼ばれることになる出来事の4日目に、アメリカ人教師ミニー・ヴォートリンは、この日も中国の首都で日本兵が新たにはたらいた、おぞましい行為をつぶさに記録に留めている。12月13日に(日本)帝国軍が容赦ない空爆に屈した、この都市を占領した。中国国民党軍は敗走した。続く6週間で日本人は市民や捕虜に対して組織的な略奪、強姦、虐殺をほしいままにする。この事件は後に20世紀の歴史上、最暗黒の出来事の1つに数えられることになる。
この凄まじい殺戮の中、ナチスドイツの実業家で、ジーメンス社中国代表のジョン・ラーベが率いる少数の欧米人グループが退避することを拒んだ。(退避に)「道義的な問題」(がある)と、このドイツ人は言っている。彼らは市民のために安全区を創設し、勇気だけを頼りに、占領軍にこれを認めさせることに成功する。ミニー・ヴォートリンは、日本兵による拉致から女性たちを守ろうとする人々の1人。ロバート・ウィルソンというハーヴァード出身の外科医もおり、彼が切り盛りする仮設病院は、重傷者でいっぱいである。ほかに、密かに16ミリカメラを回すジョン・マギーや、そのフィルムをコートの裏地に隠して、(中国から)持ち出すことになるジョージ・フィッチもいる。
大虐殺と、「南京のシンドラー」ことジョン・ラーベのグループの英雄的な行動こそ、ビル・グッテンタグとダン・スターマンによるアメリカのドキュメンタリー映画「南京」の核心である。同作はサンダンス映画祭に出品され、今や南京劫掠70周年を記念して、いくつかの国で上映されている。7月に北京でプレミア上映が催され、海賊版DVDにとって代わられるまで、大々的に公開された。これは、南京の惨劇を扱った最初の映画でも最後の映画でもない。というのも、世界中で現在、10本近い作品がほかに準備されているからである。日本の極右の映画監督、水島総は、南京大虐殺が「虚構」であることを明らかにしようとしている。彼の映画の題名は「南京の真実」になる予定。カナダ人は現在、中国系アメリカ人作家アイリス・チャンにささげられたドキュメンタリーを見ることもできる。1997年に書かれた彼女の著書『ザ・レイプ・オブ・南京』は、パヨ社から(仏語版が)新たに出版されたばかりである。米国でベストセラーとなった、この参考書は――1997年に!――初めて大虐殺の情報を余すところなく集めたものとなった。生存者の孫であるアイリス・チャンは、徹底した調査を行い、とりわけジョン・ラーベやミニー・ヴォートリンが残した手記にたどり着いた。ミニー・ヴォートリンの前例のように、アイリス・チャンも2004年に36才で自殺した。
1937-1938年当時の日本の中国派遣軍の指揮官、松井石根大将は東京の国際裁判の結果、1948年に死刑の判決を受け、絞首刑に処された。以来、日中は、この出来事の見方や犠牲者数をめぐって対立している。一般に3万と推計するか?30万とするか?どのように調べるか?何万もの死体が投げ込まれた揚子江の急流は、けっして答えはしないであろう。
自国の歴史と向き合うことに、ためらいがちな日本の姿勢は、その地域全体の障害になっている。否定論が政府の路線でないにしても、松井は、東京の靖国神社にまつられる14人の戦犯の1人である。小泉純一郎元首相はこの神社に何度も参拝し、中国人、韓国人の憤慨を買った。2005年には中国で反日騒動が相次ぎ、両国関係は悪化した。
しかし、南京劫掠70周年には雰囲気が変わった。まるで分別と現実主義が最後に打ち勝ったかのようである。北京側の遠慮の意向を示すものとして、中国の指導者は今年の12月13日の感動的な南京(事件)記念式典への参加を見合わせた。そして、東京側でも、福田康夫新総理(父の赳夫は中国との和解の功労者)が日中首脳会談の準備に追われている。会談により2008年にはアジアの2大経済大国の関係促進が永続的なものとなるであろう。
記憶する義務
「中国人は自分たちの過去に非常に気を配っているが、そこに矛盾はない。中国の指導者には今日、優先すべきことがほかにある」シンガポール(国立)大東アジア研究所所長のヤン・ターリー教授はそう見る。例えば、オリンピックのある月に、物価が上昇し、これに対する民衆の不満が爆発することを、防がなければならない。また、歴史がらみの欲求不満が他の欲求不満に対する抗議に変わる恐れがない、と誰が言えよう?日本人は、「火種を大きくしない方がよいと思っている。この火が消せないものになるかもしれず、やけどする危険があるからだ」とヤン教授は語る。
記憶する義務を果たすというドイツが成功した課題に、なぜ日本は失敗しているのであろうか?冷戦と日米同盟の結果、東京は中華人民共和国に対して態度を改めるよう求められることがなかった。一方、ドイツ人はヨーロッパに溶け込む必要があった。東京にあるテンプル大学現代日本研究所の所長を務めるロバート・デュジャリック教授は、日本人による残虐行為が国外で行われたという事実も指摘する。「日本人に皇軍の犯罪を思い出させるダッハウ(強制収容所)もブーヘンヴァルト(強制収容所)も、国内にはない」。また、もっと誇れる、もう1つの日本があったことを教えてくれる日本人ヴィリー・ブラントやフォン・シュタウフェンベルク伯爵もいない、と同教授は言う。それぞれの重荷を背負って、日中は真実の道をめざして、まだもう少し歩みを進めなければならない。
前半で、「世界中」で今、準備中の「10本近い」南京事件関係の映画の1本として、「南京の真実」に触れています。ほかに言及されているのは、米国のドキュメンタリー「南京」とアイリス・チャンを主人公とするカナダの「アイリス・チャン ザ・レイプ・オブ・南京」の2本だけです。ちなみに、この2本はいずれも、すでに完成しており、公開もされています。、「南京の真実」は「南京大虐殺が『虚構』であることを明らかにしようと」する映画、水島監督は「極右」と表現されています。
その後、話題は南京事件をめぐる日中間の認識の隔たりに移ります。その中で、事件の犠牲者数を「3万と推計するか?30万とするか?」という問いが示されます。かつてAFPの取材に、南京事件は「まったく無いと思っている」と語った水島監督にとっては、前者の「3万人」さえ受け入れられない数字でしょう。そんな水島監督が採るような「否定論」は、「政府の路線でない」とも記されています。
「記憶する義務」という見出しが付いた節に入るとまず、シンガポール国立大学のヤン・ターリー教授のコメントが紹介されます。教授によれば、日本人は対中関係で「火種を大きくしない方がよいと思っている」とされます。こうした文章の流れで見ていくと、、「南京の真実」という映画は、南京事件の犠牲者数を小さく見積もるだけでなく、事件そのものを「虚構」と主張して、中国との間で「消せないものになるかもしれ」ない火をかき立てようとする危険な動きとして、捉えられているようです。
最後は、フランスの隣国ドイツと比較して、日本はなぜ「記憶する義務」を果たせないかという問いが立てられます。理由の1つとして、テンプル大学現代日本研究所のロバート・デュジャリック所長が、「日本人ヴィリー・ブラントやフォン・シュタウフェンベルク伯爵」がいないから、と指摘します。この2人の名前になじみのない人のために説明すると、ヴィリー・ブラントは旧西ドイツ首相で、1970年にワルシャワ・ゲットー蜂起の記念碑の前で、ひざまずいて謝罪したことで有名です。このときの行動がドイツとポーランドの和解に貢献したといわれます。もう1人のフォン・シュタウフェンベルク伯爵は第2次大戦中のドイツ軍将校。ヒトラー暗殺を企てたが、失敗し、処刑されました。ブラントの代わりに日本にいるのが、中ほどで、靖国神社参拝により「中国人、韓国人の憤慨を買った」とされる小泉元首相といったところでしょうか。
ところで、途中、チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』が「初めて大虐殺の情報を余すところなく集めた」「参考書」と呼ばれています。南京事件をめぐって、すでに1970年代から論争を経験し、資料集も出版されている日本から見れば、これは、いい過ぎといえるでしょう。しかし、この本は文中にあるように、昨年末にフランス語版も出版されており、とにかく欧米では画期的な本として高い評価を受けていることは確かです。
2008/01/20
残虐行為を再現 監督「南京」を語る(Nichi Bei Times 08/01/17)
前回に引き続き、米国のドキュメンタリー「南京」関係の記事を取り上げます。今回はサンフランシスコの日系新聞、日米タイムズ(Nichi Bei Times)の英語版のものです。
http://www.nichibeitimes.com/articles/artsent.php?subaction=showfull&id=1200605320&archive=&start_from=&ucat=3ビル・グッテンタグ、ダン・スターマン両監督へのインタビューを詳しく伝えており、長めの記事になっています。注記によると、オンライン版は印刷版を拡大したものだそうです。
この国の第2次世界大戦の捉え方はいくらか矛盾を抱えたものである。現代で最も有名な2大残虐行為が上記の戦争中に起こった――ホロコーストと原爆投下――という事実にかかわらず、この戦争のイメージは当時の服装や髪型同様、明快なものである。
しかし、この時代にもう1つの残虐行為が起きたが、それは米国では未だに割と知られていない。すなわち、南京大虐殺のことである。1937年の冬に当時の中華民国の首都、南京を陥落させた日本軍がその町で大量虐殺というべき戦争犯罪をはたらいた。その行為は一般に「南京レイプ」の名で知られる。少なくとも6週間にわたり強姦や略奪が行われ、捕虜も一般市民もともに処刑された。
推計はまちまちだが、25万人を下らない中国人の男性、女性、子どもが殺害されたと一般に受け取られている。
1997年にアイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』――この主題に関する決定版と見る人も多い――が出版され、大虐殺は欧米でかなり注目されるようになった。
それから10年後、ビル・グッテンタグとダン・スターマンのドキュメンタリー「南京」がサンダンス映画祭で初公開された。映画は今、選び抜かれた劇場で上映されている。
南京大虐殺をめぐる問題は今日、アジアで激しい反目を招き続けている。日本の右翼はこの残虐行為および、その意義を否定するか矮小化している。中国には今なお、日本兵により強姦されたり、体を不自由にされたり、家族を殺された人々が生きている。このような微妙な状況のもと、グッテンタグとスターマンは映画を制作した。そして、現に起きた惨事の実態にそむくことなく、可能な限りバランスの取れた映画にすることに成功している。
グッテンタグが日米タイムズに語った。「ダンと私はこの作品が反日映画でなく、反戦映画になるよう大変な努力を払った。[中国人一般市民を救った欧米人たちが日本人一般に悪意を抱いていないと語る]言葉を引用している。映画は南京で何が起こったかを問題にしたものだ。」
スターマンは加えて「アメリカに何か優れた文化があると主張したいわけでない。戦争はおぞましいことを引き起こす」と述べる。
実際に映画のところどころで大虐殺のさまざまな側面の中でも、この残虐行為に特有のものでなく、戦争で普遍的に繰り返される問題に焦点が当てられている。
「南京」は、日本政府が日本人に観賞させるために作ったプロパガンダ映画も引用する。それらプロパガンダ映画は、中国の子どもたちに飴を与える日本軍の姿を出して、占領を平和で、歓迎すべきものとして描いている。この映画はまた、アジアで帝国主義的な軍事行動を取る日本人に米国が軍需品を売っていたことも指摘する。
「現代の問題を批評しようとしたわけでない。そうすると面白いと少し思った程度だ」とグッテンタグは言う。もっとも、「サダム・フセインと握手するドン・ラムズフェルドの姿」が彼の目にも浮かんだが。
続けて「世界は非常に複雑だ。歴史は絶えず書き直される。第2次世界大戦は我々が今、思っているよりも、はるかに複雑だった」と述べる。
意図するところでなかったにせよ、監督たちはこの映画が伝える出来事に現代に通じるものを見た。
スターマンは言う。「一般市民が戦争の矢面に立たされた。こうしたことはイラクや第2次大戦中の日本や到るところで見られる。今、起こっていることとそっくりだ。」
加えてグッテンタグは、裕福な人々が日本軍の到来する前に南京を逃れることができたという事実を指摘する。そして、これがハリケーン「カトリーナ」の被災者の境遇をほうふつとさせるという。
「ハリケーンがニュー・オーリンズに近付いていたとき、とにかく財産がある人は皆、町から避難した。被災したのは極貧の人々だった」という。
しかしながら、映画は日本軍の犯罪を非常に具体的に取り上げる。そして、本人の口から直接、(犯行を)証明する犯人たちを映し出す。
グッテンタグは次のように説明する。「06年の春に9日か10日をかけて日本で撮影をし、6人の兵士と話した。存命の兵士を探すのに苦労した。話ができた最も若い人が南京に行った当時19才、だから、我々が会ったときは89才だった。話をした別の兵士はインタビューの数ヶ月後に亡くなった。」
さらに、「少数だが、独自に調査をしている人々と連絡を取ることができた。松岡環という女性が長年、兵士の捜索をやっていた。そうして探し出した兵士の多くはもうこの世にいない。彼女は独自にビデオで撮影した250のインタビューを保管していて、それを利用することができた」という。
スターマンが加えて言う。「我々の前で行われたインタビューの結果、極めて衝撃的で、意外な素材がたくさん得られた。」
他の人々と協力して松岡は1997年に日本の数箇所にホットラインを設置し、南京で任務に就いていた元日本兵に電話するよう呼びかけた。200人以上の元兵士にインタビューし、残虐行為に関する多くの情報を発掘または確認することができた。
スターマンとグッテンタグは兵士たち本人にインタビューをしている。この経験は彼らにとって衝撃的で、困惑させるものだった。
スターマンは言う。「話した相手の中に、晩年になって姿を現し、自分の所行に対する自責の念を露わにする人がいることを期待していた。」
グッテンタグが続ける。「話をした人々はそうした体験を語るときに、本当に何も感じていないようだった。これには『言葉の壁のせいで理解できないことがあるのか、この人たちが見かけどおり冷酷なのか』分からず、戸惑った。」
スターマンが補足する。「会見した兵士たちは三重県出身だった。だから、彼らは方言で話すといわれた。それから、彼らの年齢はだいたい90才だった[そのため、彼らの日本語は古風なものでもあった]。我々2人は、言葉の違いと文化の違いが困惑を招いていることに気付いた。」
「両親の前で少女を輪姦したときの気持ちについて語った紳士がいる。彼と話したとき、本当に良心の呵責も後悔の気持ちも表さなかった。これには本当に驚かされたし、戸惑った。」
同様の犯行に及んだある人物と面談したときには、その元兵士の楽しげなそぶりのために会見はいっそう奇妙なものになった。
さらにグッテンタグが語る。「1つ不思議と興味を感じたのは、彼が極めて温厚で、親切にしてくれたことだ。家族はとてもいい人たちで、家の前に白雪姫と7人の小人の人形を飾っていた。我々にとてもよくしてくれた。」
「さらにいえば、日本では総じて親切に接してもらえた。これは日本で映画を作れば分かる、なかなか面白い違いだと思う。皆、わざわざを手間を取って、親切にしてくれた」と続ける。
監督たちは日本の学者や政治家とも数々のインタビューを行った。それは最終的に映画本編に入らなかったが、DVDで公表されるかもしれない。
2人は石原慎太郎東京都知事と会見した。この知事は日本国外では主に人種差別的で、民族の問題に鈍感な発言をすることで知られている。
スターマンは語る。「皆、総じて親切だった。もっとも、話題は非常に微妙なもので、靖国神社を管理する人々とはもめたが。」
議論の的になっている東京のこの神社は、天皇のために戦死した人々の霊をまつっている。2004年現在、その「霊璽簿」には男女合わせて246万6532人の名前が記されている。その中には、第2次大戦後の裁判により戦争犯罪で有罪となった人々1068人、「A級」戦犯として有罪になった計12人、および、その容疑を受けた2人もいる。さらに、靖国の史料館では第2次大戦での日本の軍事行動に関して修正主義的な説明がなされている。
日本の高官、特に小泉純一郎元首相、によるこの神社の参拝が抗議を招き、日本と隣国との関係にとって依然として傷口になったままである。
「[靖国神社の管理者と]何時間かカメラを回さずに面談した。しかし結局、[カメラを回しての]会話に応じさせることはできなかった」とスターマンは説明する。
おおむね積極的なやりとりができたにもかかわらず、映画は日本の右翼団体の怒りを買った。
監督は語る。「我々は矢面に立っていない。1人[日本兵サカイ・ヒロシを演じたソニー斉藤という]日本人俳優が出ている。非常に頭の切れる、いい男だが、彼のもとに脅迫のeメールが大量に届いた。」
斉藤はPremiere誌に、映画がサンダンスに入選してから、300回にわたって殺すと脅迫されたと語った。彼は映画に参加したことを後悔していない。その上、この映画を正確で、意味深いものとして擁護する。
斉藤は同誌に語った。「[監督たちは]実在する日記や手記に書かれている言葉を利用した。映画を現実の言葉からなる対話を収めたノンフィクションにするために、労を惜しまなかった。だから、私は信頼して参加した。スタッフの経歴を知っていた。彼らはトップクラスの映画人だ。」
「映画は糾弾しているわけでない。公平に事実を描き、全体像を把握しようとしている。ビルとダンは厖大な調査を行った。この映画が議論を呼ぶことは分かっていた。だからこそ、この役を絶対に日本人俳優が引き受けるようにしたかった。祖国を愛しているので、公平に描かれたこの国を見てみたいと思った」という。
「南京」が初公開された昨年(2007年)のサンダンス映画祭の開催中に、ナショナリストの水島総監督が独自の映画を作って、この作品を反駁すると発表した。国会議員、大学教授、石原をはじめとする政治家が映画に対する支持を表明した。水島によると、映画は大虐殺を政治プロパガンダに過ぎないと主張するものになるという。
「予想どおりの反応という感じだった。」「南京の真実」と題する水島の映画についてスターマンが語る。
「彼らは我々の映画を見ていない。我々の作品により日本人の尊厳が汚されると思い込んだのだ。この種の反応には失望する。何が問題か決め付ける前に、少なくとも映画を見ていてくれれば、よかったんだが」とスターマンは言葉を続ける。
チャンの著書は日本の保守派ナショナリストにより激しい論争の対象とされた。著者とその著書の信用を落とそうと、批判者はよく不正確と思われる細部をあげつらった。その一方で、広範な事件全体に異議をはさむような証拠は示さないが。今のところ、グッテンタグとスターマンは同様の攻撃に遭っていない。
グッテンタグが説明する。「アイリスの本をこの映画の原作にしたわけでない……もっとも、このような映画を作るなら、誰でも彼女の足跡をたどることになるが。彼女を攻撃することに専念する連中がかなりいた。ボーダーズ(米国の書店チェーン)に行き、どれか1冊本を書棚から取り出して、仲間と一緒にミスだけ探して読破したとしよう。たぶん、いくつかミスが見付かるだろう。きっと、それらは些細なミスで、基本的にその本は正しいだろう。」
さらに、彼とスターマンは刑事裁判の取材を行ったときに、証人の話の細部の不正確さを指摘することで、彼らの証言に疑いをはさもうとする弁護人の姿を何度も目にしたという。
話は続く。「誰かが日付を間違えたと指摘して、他の人々も間違えたという事実から、彼らの証言全体が疑わしいと主張するところを見たことがある。それはばかげた行為だと思われる。[大虐殺の犠牲者は]20万100人か5万人かという問いで、つまらない議論をするのは的はずれだ。もっと主要な問題は、大虐殺があったのか?一般市民が日本の軍の手で苦痛を味わったのか?だ。我々の作業によれば、それは間違いなく事実だろう。」
現在、「南京」を日本で公開する業者は見付かっていない。監督たちによると、映画はこの国の主要な映画祭でことごとく落選したという。
グッテンタグは言う。「非常に驚いた。少なくとも、どれか1つには入選すると思っていた。映画は最終的にオンラインで流す[それによって日本の人々も見ることができるようになるだろう]。」
しかし、字幕入り版を作るためには、さらなる資金が必要になる。
「誰かがそのためにお金を出さなければならないだろう。誰かが出てきて、そうしてくれることを望んでいる」とスターマンは言う。
それでも、監督たちは、大虐殺が日本の未来の世代によって記憶されるという希望を抱き続けている。
グッテンタグは語る。「この問題について語り合う京都の教室を1日かけて撮影した。世代の変化が起きていると思う。戦争の実際の歴史を学ぶ20代初めの若者の間には、深い関心と開放的な態度が見られるようだ。」
熱心に「南京」のことを取り上げた記事で、この映画に好意的な態度を示しているといってよいでしょう。「現に起きた惨事の実態にそむくことなく、可能な限りバランスの取れた映画にすることに成功している」と賞賛しています。
同時に、日系の新聞ということで、日本人の視線を意識した記事になっています。冒頭から「反日映画でなく、反戦映画」にしたというグッテンタグ監督の言葉が引用されます。また、括弧入りで、記者が補足した文句だと思いますが、映画の主人公に当たる欧米人は「日本人一般を憎んでいないと語る」とも記しています。
さらに、日本での撮影について詳しく伝えています。靖国神社でいざこざがあったそうですが、取材先の対応は、おおむね協力的なものだったようです。しかし、映画が完成すると、出演した日本人俳優が嫌がらせを受け、日本では映画祭に、ことごとく落選。配給業者も見付からない。さらに、「南京の真実」という「反駁」の映画の製作が日本の「ナショナリスト」水島監督によって発表されたというわけです。その製作発表に対しては、「思い込」みにもとづき、「失望」させる反応と見るスターマン監督の評が載っています。その後の映画の製作状況やストーリーに関する言及は見られません。主な理由は、監督が2人とも、その辺りの事情に明るくないからでしょう。あるいは、もともと大して興味がないのかもしれません。
前後の文脈から見ると、「南京の真実」は「南京」 に対する「日本の右翼団体の怒り」の反応の1例として取り上げられているようです。その「右翼団体」の反応のもう1つの例が「南京」に出演した日本人俳優ソニー斉藤氏に対する「脅迫」です。もちろん、こうした「脅迫」 と「南京の真実」との間に直接の関係があるとは書かれていません。しかし、このような並べ方から、この映画に対して否定的な評価が下されていることは明らかでしょう。
ところで、翻訳をしていて、1箇所、気になったところがあります。映画に登場する日本兵の名前「サカイ・ヒロシ」です。簡単に調べた限りでは、南京に行った兵士で、そういう名前の持ち主は確認できませんでした。参考にこの役を演じた斉藤氏のブログを見ると、役名は「堺ひがし」と表記されていました。
名前そのものは架空のものかもしれないという気がします。しかし、仮にそうだとしても、それだけを理由にこの登場人物の台詞も創作とすることは、グッテンタグ監督にいわせれば、「ばかげた行為」ということになるのでしょう。
2008/01/14
南京生存者の残虐証言で映画に迫力(San Francisco Chronicle 08/01/11)
「南京の真実」が対抗しようとしている米国のドキュメンタリー映画「南京」が、先週の金曜日1月11日からカリフォルニア州を皮切りに、全米各地で一般に公開されることになりました。それに合わせて、地元カリフォルニアのメディアを中心に、この映画の紹介記事や映画評がいくつか発表されました。今日は、その中からSan Francisco Chronicle紙の映画評を紹介することにします。このブログで取り上げる以上、簡単なものとはいえ、「南京の真実」に対する言及が途中に見られます。
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2008/01/11/DDHNUC130.DTLドキュメンタリー「南京」は残虐行為を詳細に列挙していく。もし少数の外国人グループによる英雄的な奮闘も併せて語られていなかったら、映画は耐えられないものになっていたであろう。彼ら外国人の尽力により、20世紀で最も凄まじいものの部類に入る戦時の大虐殺の中、多数の中国人の生命が救われた。
現在、「南京レイプ」と呼ばれる、この出来事は、1937年12月から1938年3月にかけて起こった。このとき、中国の南京を占領した日本軍が、20万人――もっと多いとする推計もある――の人々を殺害し、2万件もの強姦を働いた(これらの数字には異論がある。詳しくは後述)。
殺害は極めて残忍なものだった。初め日本人は、投降した中国兵(および、一般市民の中にまぎれ込もうとした一部の者)の処刑に集中していた。しかし、やがて一般人に襲いかかり、犠牲者の多くは女性や子どもになった。生きた中国人が銃剣の訓練に使われ、焼き殺されたり、生き埋めにされる者も出た。13才未満の少女から孫のいる婦人まで、さまざまな年齢の女性が強姦され、責めさいなまれ、殺された。死体の処理が問題になった。死骸の山は燃やされるか、川か万人坑に投げ込まれた。
1997年にジャーナリストのアイリス・チャンがベストセラー『ザ・レイプ・オブ・南京 第二次世界大戦の忘れられたホロコースト』を発表するまで、多くのアメリカ人は、この出来事について知らなかった(著者がどのようにして同書を書くに到ったかを描いたドキュメンタリーが、別にカナダのヒストリー・テレビジョンで最近、放映された)。「南京」は、2004年に自殺したチャンに、ささげられている。
日本の侵攻以前には、中国の古都、南京に数百人の欧米人が住んでいた。上海を征服した日本軍が、この都市に入ったときには、宣教師、実業家、教師らからなる22人の外国人のグループしか残っていなかった。他の欧米人は裕福な市民とともに避難した。後に残った中国人には、立ち去るのに必要な財力も、逃げていく当てもなかった。
監督は、アカデミー賞を受賞しているドキュメンタリー作家ビル・グッテンタグと、ダン・スターマン。彼らは、ニュース映画の合間に、カメラを前に悲愴な体験を語る生存者へのインタビューや、俳優の出演シーンを挿入するという効果的な手法を用いる。俳優たちは、現場にいた欧米人が記した手紙や回想録の一部を朗読する。見慣れた俳優も出ているし(マリエル・ヘミングウェイ、ウディ・ハレルソン、ユルゲン・プロフノウ、スティーヴン・ドーフ)、それほどではない者もいる(ヒューゴ・アームストロング、ジョン・ゲッツ)。彼らは直接、カメラに向かって台詞を語る。そして、彼らが集団となって語る物語は、目を見張るものである。
ドイツ人実業家ジョン・ラーベ、アメリカ人宣教師で、南京にある金陵女子大学の理事長ミニー・ヴォートリン、聖公会の司祭で、大虐殺の結果をフィルムに収めたジョン・マギーをはじめとする外国人の言葉を聞くことができる。外界から切り離されていながら、彼ら欧米人は南京市内に国際安全区を創設することに尽力した。これは2.5平方マイル(約6.5平方キロ、実際は3.8平方キロらしい)の避難所で、日本軍は入れないことになっていた。しばしば日本人が侵入し、中国人被災者を引きずり出していったものの、安全区は――正確な数は知り得ないだろうが――人命救助に貢献したとされている。
実際に、事件にまつわる、さまざまな数字は問題にされてきた。長年、日本の官僚や学者は、何人の中国人が殺害されたか、議論してきた。さらに、中国のでっち上げとして、虐殺を否定する批評家さえいる。昨年(2007年)1月には日本のナショナリストらが、大虐殺は起きていないと主張する映画の企画を明らかにした。この論争はずっと(日中)2ヶ国間の摩擦の原因となったままである。
外国人の物語の中でも最も非凡なものは、たぶんラーベのそれであろう。ジーメンス社社員で、ナチ党員の彼は、南京の出来事に愕然とし、苦しむ市民に食料と避難所を提供するために奔走した。1938年2月にドイツに帰国すると、ヒトラーに上申書を書いて、日本に残虐行為を止めるよう促すことを、求めもした。この行動により、ゲシュタポ(秘密警察)は彼を嫌うようになった(戦後、連合国に逮捕され、災難がさらに続いた。貧困に陥り、南京での働きに対する感謝のしるしとして中国から送られた援助に助けられた)。
外国人たちによる英雄的行為の物語は人の心を引き付ける。しかし、年老いた生存者たちの回想に匹敵する純粋な力強さをもつものは、この映画にない。ある生存者の男性は、目の前で母親と赤ん坊だった弟が日本軍により銃剣で突き殺されたときのことを、涙ながらに振り返る。ある女性は、家族9人のうち7人が殺害されたと語る。それらの話は痛ましい。そして、生きている証人が話すからこそ、おぞましい記録映像も真似のできない深さで、人の心を動かすのである。
映画評とはいえ、南京事件や、その後の論争について、少なからぬ部分を割いて、説明しています。そのおかげで、本来ならば必要のない「南京の真実」のことが話題に上っているわけですが。 水島監督や賛同者を形容する表現は、このブログではすでに聞き慣れた「ナショナリスト」です。
過去のReutersの報道によると、水島監督は、この映画を「『嘘とでっち上げ』だらけ」と評したそうですが、ここで紹介した批評に、そのような評価は見られません。さらに、全米公開開始と時を同じくして、アメリカ脚本家組合(WGA)賞のドキュメンタリー脚本賞にノミネートされたという情報も、入ってきました。
映画は「ニュース映画」、「生存者へのインタビュー」、「現場にいた欧米人」の言葉を朗読する「俳優の出演シーン」からなると書かれています。実際は、これに加えて、捕虜の処刑や強姦にたずさわったと語る元日本兵の映像も、挿入されますが、この部分に関しては、何も書かれていません。評者は、それらの要素の中でも、「生存者たちの回想」がもつ「純粋な力強さ」にかなうものはないと断言します。彼をして「おぞましい記録映像も真似のできない深さで、人の心を動かす」と言わせる、この生存者の映像も嘘と思わせる映像が、はたして水島監督に撮れるのでしょうか。今回のいわゆる「情報戦争」の勝敗は、この1点にかかっているといえるかもしれません。
2008/01/10
日本で南京否定70年後も盛ん(Christian Science Monitor 07/12/14)
今回は昨年12月14日付のアメリカのChristian Science Monitor紙の記事を紹介します。
http://www.csmonitor.com/2007/1214/p04s01-woap.html「南京の真実」そのものを取り上げた記事ではありませんが、水島監督が登場します。
すがすがしい秋の夕方、第2次世界大戦中の「南京事件の真実」を元皇軍兵士から聞こうと集まった人々約1500人で靖国神社に近いホールは一杯になった。すると、加瀬英明がすかさず攻勢をかける。
「[連合国軍により第2次大戦後に]東京裁判が行われるに当たり、日本が[東京大空襲や原爆投下以上の]残虐行為をはたらいたということが必要となった。そこで、いわゆる南京大虐殺事件を捏造した」「南京事件の真実を検証する会」会長の加瀬氏はそう断言する。
保守派の石原慎太郎東京都知事ら政治家の支援を受けて公開予定の映画「南京の真実」を監督する水島総が、過去に2人の首相の特別顧問を務めた加瀬の主張を繰り返す。その言葉によると、南京(事件)は「捏造、中国共産党のキャンペーン」だという。
一般に南京レイプとして知られる、この事件で30万人の人々が殺害され、2万人の女性が強姦され、町は荒れ果てた、と中国当局はしている。しかし、日本軍が1937年12月13日に当時の中国の首都を占領してから70年が過ぎても、死傷者数から日本軍の入城後6週間に行われた蛮行の規模に到るまで、すべての点が対立を呼び、依然として論争の的になっている。隣国の目に日本は過去の過ちに十分に向き合っていないと映っている。一部の専門家はこれを、戦後、天皇の戦時中の責任が問われなかったこと、かつて日本が占領した韓国や中国にしばしば向けられる侮蔑の態度、そして、戦時中の歴史に対する世論の関心の低さの結果としている。
3月に安倍晋三前首相が戦時中の性奴隷制に軍は関与していないと主張し、国際的な騒ぎを呼んだ。6月には与党自由民主党の国会議員約100人が、南京大虐殺で日本軍に殺害された人の数は2万人程度、と発表した。小泉純一郎元首相は日本の戦没者とともに14人の戦犯がまつられる靖国神社に繰り返し参拝し、中国と韓国を激怒させた。専門家から残虐行為を取りつくろっているとされる教科書も同様の反応を招いた。
声高に主張する少数派は日本でさらに突き進む。「日本兵が中国の一般市民を攻撃することは絶対になかったと断言できる」納谷勝元上等兵は靖国の集会で、そう述べる。近藤平太夫元歩兵分隊長によると、町は平穏だったという。喜多留治元歩兵伍長(89才)も同様に語る。
こうした見方に反論することは骨の折れる仕事になる。福田昭典は東京を拠点とする市民団体「ノーモア南京の会」の代表。同会は今月(12月)初めに中国人犠牲者2人を招いて話を聞き、その催しで未公開の自主制作映画「閉ざされた記憶」を上映した。映画には残虐行為を認める日本兵が登場する。彼(福田)は(集会に対する)無関心を指摘して言う。「うちを報道しに来たメディアはなかった。テレビカメラは来なかった」
「否定の動きを伝えた方が受けがいい。同時に、メディアは不快と思われる問題は軽視するか無視する」中国人戦争被害賠償請求訴訟の弁護団長を務める尾山宏は、そう語る。彼が属する市民団体は今年、南京(事件)に関するシンポジウムを世界中で開催してきた。中国のメディアや一般の投票によって彼は2003年に「中国を感動させた人」の1人に選ばれている。
記事には3つの団体が登場します。1つめは「南京事件の真実を検証する会」。下のリンク先がホームページのようです。
http://www20.tok2.com/home/nanking/この会が主催した「靖国の集会」とは、昨年12月6日に九段会館で開かれた「南京陥落70年国民の集い」のことで、上のサイトから案内を見ることができます。案内を見ると、加瀬英明会長をはじめ10人以上の「南京の真実」賛同者の名前が役員として挙がっています。水島監督が挨拶をし、映画の予告編も上映されたということから、この集会と「南京の真実」との連携は明らかです。
2つめの団体は「ノーモア南京の会」。
http://www.jca.apc.org/nmnankin/index-j.html記事にあるとおり、福田昭典氏が実際に「代表」を務めているか否かは確認できません。記事が紹介する同会の「催し」は、12月2日に行われた「南京大虐殺70年東京証言集会」のことです。その中で上映された「未公開の自主制作映画」「閉ざされた記憶」は、元日本兵から加害の体験を聞き取り、『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて』という本にまとめた松岡環氏の活動を追ったドキュメンタリーで、監督は武田倫和氏とのことです。
3つめは「南京事件70周年国際シンポジウム実行委員会」。代表は記事に登場した弁護士の尾山宏氏です。
南京事件70周年国際シンポジウムのページ:http://www18.ocn.ne.jp/~nanjisy/南京事件70周年・国際シンポジウム実行委ブログ:http://d.hatena.ne.jp/December2007/
今回の記事と同日付のReutersの記事が言及している笠原十九司教授の参加するグループは、このシンポジウム実行委員会のことを指していると考えられます。
これら3つの団体に対して記事は評価を明示することに慎重です。ただ、「南京事件の真実を検証する会」のことは「声高に主張する少数派」と表現しています。続いて、メディアの注目を得られない「ノーモア南京の会」の姿が紹介されます。「約1500人」の人々を集める前者に比べれば、南京事件のようにメディアも忌避する「不快と思われる問題」を取り上げる後者は、さしずめ声も小さい少数派といったところでしょう。もっとも、日本で「不快」とされそうな訴訟に取り組む尾山弁護士は中国では投票により「中国を感動させた人」に選ばれたそうです。このように日中両国で一般の人々の意識に隔たりがある限り、 「隣国の目に、日本は過去の過ちに十分に向き合っていないと映っている」状況は変わらないと思われます。
2008/01/07
1937年「南京大虐殺」の解釈さまざま(Vancouver Sun 07/12/14)
今回は、年が替わってしまいましたが、昨年12月14日付のカナダのVancouver Sun紙の論説を取り上げます。
http://www.canada.com/vancouversun/news/editorial/story.html?id=a5ee988f-b445-4e20-b5e6-156e5d35453270年前、日本軍が中国の首都を占領したとき、何が起こったか正確に説明するよりも、「南京大虐殺」がどのように政治に利用されてきたかを語る方が、ずっと簡単である。
1937年12月12日(現地時間13日)、松井石根大将率いる日本軍は中国中部の都市、南京に入城。町はほとんど放棄され、蒋介石総統の国民政府の兵士がわずかに守っているだけであった。
中国の言い分によると、日本兵が暴徒と化したという。町に残った22人の外国人の報告が、これを裏付けている。
その後数週間にわたり、彼らは30万人に上る中国人一般市民および敗残兵を、多くは最も残忍な方法で、殺害したとされる。8万人もの成人女性および少女が強姦されたといわれる。
他方で、プロパガンダ的な目的のために話は大きく歪曲または誇張されている、と説く声も、すべてでないが、たいていは日本から当然、上がっている。その言い分によると、プロパガンダの担い手は初め国民党から後に現在の北京の共産党政権に変わり、目的は、アジアおよび世界で日本を中傷することにあるという。
大多数の日本人の見方では、南京占領中に相当の「不法殺害」があったことは認められている。しかし、中国人一般市民の死亡者数を1万人から4万人とする向きもある。
水島総監督のような少数の超国家主義者(ウルトラ・ナショナリスト)は、大虐殺はなかったとし、すべてを中国のプロパガンダとする。
これこそ近日公開予定の同監督の映画「南京の真実」の主題である。
しかし、この映画は競合する多数の作品に囲まれることになる。劇場ないしテレビで最近、公開された、または、まもなく公開される南京大虐殺に関する映画は、10本近くを数える。そこにはドキュメンタリー映画も劇映画も見られる。
何本かは中国または香港の監督が制作し、米国やドイツの作品もある。
カナダも、中国系アメリカ人作家アイリス・チャンを取り上げたドキュドラマで参入している。大虐殺をめぐる現在の議論は大部分、チャンの著書『ザ・レイプ・オブ・南京』によって規定されている。
1937年以来、南京で何が起きたかという問題に、多種多様な解釈が加えられてきた。そして、それらの解釈は常に、そのときどきの状況や日中関係のあり方に根ざしてきた。
それゆえ、大虐殺70周年を記念する中国の姿勢が、これまでに比べて非難の調子を弱め、ここ数ヶ月の日中関係の全体的な改善を反映していると報道できることは、喜ばしい。
しかし、北京が示す大虐殺の見方は依然、中国の学校の生徒に効果的にナショナリズムを植え付ける挿話となったままである。さらに、南京大虐殺に関する展示がある国内の無数の記念館や博物館は、ナショナリズムを助長し、かつ、共産党の政治的正当性を補強することを意図したものである。
逆に、日本では大虐殺の話題に対する反応は世代や政治的な立場によって、まちまちである。
証拠に基づいた大虐殺の情報に日本の一般大衆が初めて直面したのは、1945年以降の戦犯裁判でのことだった。この裁判で松井大将ら日本の指揮官の死刑が決まった。
1970年代に中華人民共和国が国際社会に参入するまで、南京(事件)の話題が再び問題になることはなかった。それが日本で特に問題とされたのは、戦時中に皇位にあった昭和天皇が1989年に亡くなってからである。その死によって、戦争や軍が犯した残虐行為に対する再検討が活発になった。
1993年、初の非自由民主党政権の首相、細川護煕が1930年代、40年代の日本のアジアへの拡張を「侵略戦争」と呼んだ。2年後、社会党の村山富一首相は日本の植民地支配や侵略に対し、「深い反省の念」を表明した。
このとき検定を受けた学校教科書は、これらの見解を反映したものに書き換えられた。例えば、1997年に検定に合格した7種の中学校歴史教科書のうち6つで、日本軍が南京占領中に20万人に上る人々を殺害したと記された。さらに、そのうち4つは30万人という中国の推計を紹介している。
こうした事態は、少人数だが、影響力のある日本の右翼ナショナリストの間で、反発を呼んだ。彼らは、(侵略や戦争犯罪は)何もなかったと主張し続けている。中国にとって非常に残念なことに、こうしたグループが自分たち独自の教科書をいくつか検定に合格させることに成功している。
しかし、世論調査の結果、今の日本人の大多数は、自国の過去の行いにショックと羞恥心を感じ、そのようなことが繰り返されてはならないと確信していることが、明らかになっている。
見出しにあるとおり、南京事件に関する「さまざま」な解釈の存在が指摘されています。そこで、それら解釈がどのように捉えられているか、整理したいと思います。
1つは、日本兵により、「30万人」の「一般市民および敗残兵」が殺害され、「8万人」の女性が強姦されたとする中国の解釈。ほかに、上のような話は、中国の「プロパガンダ」により「大きく誇張または歪曲」されたものだとする、若干の例外もあるそうですが、たいていは日本人による解釈。最後に、とりあえず「相当の『不法殺害』」があったことを認める「大多数の日本人」の解釈。
このうち、「南京の真実」は2番目の解釈を取っているといえるでしょう。ただし、大虐殺を「誇張または歪曲」とするどころか、それ自体「なかった」とし、「すべてを中国のプロパガンダとする」と書かれていることから、この解釈の中でも先鋭な立場を取るものとして、受け取られているようです。水島監督を形容する言葉は「超国家主義者(ウルトラ・ナショナリスト)」です。
それら複数の解釈の良し悪しをはっきりさせようとする意向は、感じられません。しかし、南京事件を喧伝する中国政府の動きに、「ナショナリズム」を定着させようとする意図を見ており、同国の立場に批判的な目を向けています。その一方で、南京事件をはじめとする戦争犯罪を認めようとしない日本国内の動きも、「右翼ナショナリスト」と呼んでいて、好ましくないものと見ている感じがします。
後半で学校教科書の問題に触れており、具体的に1997年に検定に合格した中学校歴史教科書の話が出てきます。しかし、実際に、それらの教科書の記述を確かめることはできませんでした。ですから、ここに書かれていることが、どこまで正確か分かりません。意外に思ったのは、「いくつか(some)」という表現を使って、「日本の右翼ナショナリスト」「独自の教科書」複数に言及していることです。というのも、その種の教科書として海外のメディアで話題になるのは、ほとんどもっぱら扶桑社の『新しい歴史教科書』だけだからです。
最後の「世論調査」云々のところは、どのような「調査(複数)」のことをいっているのか、明らかでありません。近年の読売、朝日、毎日各紙の世論調査の結果を見ると、日中戦争や太平洋戦争における日本の行動に侵略の性格を認める人が、認めない人よりも多いということは、いえると思います。 しかし、少なくとも、それらの調査の結果を見た限りでは、「大多数は、自国の過去の行いにショックと羞恥心を感じ、そのようなことが繰り返されてはならないと確信している」とまではいえないと思います。